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米澤穂信さん「小市民シリーズ」の魅力

ウェブストアスタッフのノラです。
前回の執筆からだいぶ期間があいてしまいました…皆さまお久しぶりです!

今回は、私が大好きな作家・米澤穂信さんの、これまた大好きな作品である「小市民シリーズ」の魅力について語りたいと思います!
シリーズで6冊刊行されているこの作品。7月からアニメ放送も始まったので、タイトルを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

この記事では、作品の概要、シリーズ各巻のおすすめポイント、アニメの内容などについて書いていきます。物語の核心にはなるべく触れないよう気を付けますが、気になる方は先に作品を読んで(観て)いただくことをお勧めします。


◆作品の概要

このシリーズは、高校生の小鳩君と小佐内さんを主人公とした青春小説です。
青春小説といえば、主人公が部活動に励んだり、友人や恋人、家族などと関わったりするなかで成長していく物語をイメージされる方が多いのではないでしょうか。「爽やか」「甘酸っぱい」あるいは「ほろ苦い」というフレーズが似合う感じです。
では、この「小市民シリーズ」はどうかというと…「ほろ苦い」どころではなく、米澤穂信さんらしくはっきりと苦味が残る物語になっています。

◇なぜ「小市民」なのか?

まずは、なぜ「小市民」というシリーズ名なのか、という疑問から。
この聞き慣れない単語について、家に置いている三省堂国語辞典で調べてみました。

しょうしみん[小市民]
①中産階級。プチ ブル。
②名もなく たいした財産もなく、都市の中で静かに暮らす人。

三省堂国語辞典 第八版」より

…なるほど。なんだかあまりいい意味ではなさそうな。
前途ある高校生の2人が、なぜ「小市民」なんか目指しているのかというと、それぞれに深い理由がありまして。

小鳩君は、昔から普通よりもちょっと知恵がはたらく男の子でした。観察や推理が得意で、まわりで起きるささいなトラブルに良かれと思って首を突っ込んでは、「真実」を見つけ出すのに夢中になる探偵気質。しかし、大人になるにつれて、真実を暴き立てる探偵は歓迎されないことに気付きはじめます。自分の性質に嫌気がさした小鳩君は、高校では自分の探偵気質を封印すると決心するのでした。
そして、小佐内さんにもまた封印したい欠点があり…本性を隠して平穏な高校生活を送るべく、互いを見張り、隠れ蓑として利用し合う、本人たち曰く「互恵関係」を結ぶに至っています。
この2人の分かりづらい関係性が、小市民シリーズの特徴であり、巻を重ねるほどに大きなポイントとなっていきます。

小鳩君に関して言えば、推理力で人の役に立っているという自負心を手痛く打ち砕かれて、挫折を味わっています。そこから、自分の能力を良い方向に活かせるよう努力するのが、前向きで健全な在り方なのかもしれません。ところが小鳩君は、自分の能力を伸ばすのではなく、取り立てて目立った能力のない人物を演じるという歪みを見せます。傲慢にも思えるその選択の裏には、自分の能力に対する自信のなさと、それでも捨てきれない矜持が見え隠れしているように思います。

考えてみれば青春時代は自我が確立される時期。自分と向き合い、受け入れがたい欠点なんかを痛感しながらも、何とか折り合いをつけることを学んでいく時期だと思うのです。天才ではないけど人とは違う個性がある、それなりにプライドも屈託もある普通の高校生を描いたこの作品は、まさに等身大の青春小説と言えます。

◇登場人物について

さて、もう一人の主人公・小佐内さんについても少しだけ見ていきましょう。
中学生(もしかすると小学生)とも見紛う容姿と人見知りな性格で、おとなしいと思われがち。でも、小市民を目指す原因となったその本性は…というのは作品中で確かめていただくこととして、小佐内さんを語るうえで欠かせないのがスイーツです。
小佐内さんは甘いものを溺愛しており、洋菓子・和菓子を問わず、行動圏内のお店はすべて把握。新作も常にチェックしているようです。タイトルに使われているお菓子をはじめ、シリーズのほぼ全話に甘いものが登場します。「こんなお店が近くにあったらいいのに…!」と思ってしまうのですが、このスイーツたちが小佐内さんの本性と物語の苦さを包み隠すような、あるいはより際立てるような効果を果たしているように思います。

そしてこのシリーズにはもう一人、重要な登場人物がいます。
それが堂島君。小鳩君の小学校時代の同級生で、つまり小鳩君の本性を知る人物です。大柄でがっしりとした体つきに厳つい顔、大きな声。表裏がなく、嘘やごまかしを嫌い、何事にも率直な反応を返す、端的に言うと「いいやつ」です。小鳩君の変節にも違和感を抱き、苛立ちを隠しません。新聞部に所属しているのも納得です。
小鳩君とは何もかもが正反対ですが、お互いに頼れる間柄のようです。小鳩君と小佐内さんが一筋縄ではいかない性格をしている分、堂島君が常識的な世界に引き戻してくれるのがありがたい!見た目はごついですが、個人的にはこの作品の良心であり、癒しの存在だと思っています。


◆シリーズ各巻のご紹介

現在、シリーズ作品は下記の6冊が刊行されています。
『春期限定いちごタルト事件』
『夏期限定トロピカルパフェ事件』
『秋期限定栗きんとん事件』上下巻
『巴里マカロンの謎』
『冬期限定ボンボンショコラ事件』

順に、内容とおすすめポイントを紹介していきます!

◇春期限定いちごタルト事件

高校受験の合格発表から、高校1年生の6月頃までのお話。連作短編の形式をとってはいますが、タイトルの「いちごタルト事件」をめぐる長編としても読めます。
高校生活を平穏に過ごすつもりの2人ですが、まわりに巻き込まれたり、自ら巻き込まれに行ったりで大小の事件に出会います。小市民への道は遠いですね…
ほっこりするものからヒリヒリするようなものまで、個性豊かなエピソードが楽しめますが、中でも「はらふくるるわざ」が好きです。「小市民」としての建前と本性とのせめぎあい、そしてお互いに対する距離感が鮮明に見えるお話です。


◇夏期限定トロピカルパフェ事件

小鳩君と小佐内さんは高校2年生になり、相変わらずの互恵関係を続けています。しかし、夏休みに”小佐内スイーツセレクション・夏”としてスイーツ店巡りを提案されたことで変化が。
前の巻よりもさらに積極的に事件に関わっているように見える2人に、「ちょっと小市民を目指す意識が薄れてきたんじゃないの?」と言いたくなる展開です。
こちらも連作短編形式。”小佐内スイーツセレクション・夏”の成り行きも、もちろん読んでいただきたいのですが、冒頭から緊張感が漂う「シャルロットだけはぼくのもの」は特におすすめのエピソードです!


◇秋期限定栗きんとん事件

シリーズ初の長編・上下巻。『夏期限定トロピカルパフェ事件』の後から、高校3年生の秋までが描かれています。
受験を意識し始める時期ですが、小鳩君には彼女ができたようで浮かれている様子。しかし探偵気質は相変わらずで、デート中も無意識に推理を披露してしまう始末です。
またこの巻には、小鳩君と小佐内さん以外に”主人公”と呼べる存在が登場します。それが堂島君の新聞部の後輩の瓜野君。小鳩君とは対照的にスクープ記事で名を揚げようという野望があり、堂島君の制止も聞かず、放火事件の取材を続けています。

下巻では、瓜野君が追いかけている放火事件がますますエスカレート。その影には小佐内さんが見え隠れしており…小鳩君はついに本格的に事件の真相解明に乗り出します。
封印していた探偵業の再開に、小鳩君の成長を感じました。小鳩君と小佐内さんの間に距離ができている時期が描かれているため、2人のやり取りがなかなか見られないのは少し寂しいのですが、他の人たちとの関わり合いを通して、その結びつきがより強固に感じられるような気がします。


◇巴里マカロンの謎

前の巻から約10年ほどを経て刊行された連作短編集。『春期限定いちごタルト事件』と『夏期限定トロピカルパフェ事件』の間の時期が描かれており、見慣れた2人の関係にほっとします。
今回は少し遠出して、新規オープンしたマカロンのお店を訪れた小鳩君と小佐内さん。話題のマカロンとじっくり向き合い、堪能するはずだった小佐内さんですが、またしても謎が立ち現れます。
全編を通して、苦さはありながらも、いつもよりもくすっと笑えるエピソードが多めだと感じた本作。重たいストーリーが続いたので、それこそ甘いデザートのように楽しめると思います。


◇冬期限定ボンボンショコラ事件

高校3年生の冬、大学受験間近の時期のお話。こちらも長編です。
下校途中、轢き逃げ事故に遭ってしまった小鳩君。病院で寝たきりとなり、考えるのは3年前に同じ現場で轢き逃げに遭った同級生のこと。現在と過去、2つの事件の類似性が示すものとは…
そして、小佐内さんも轢き逃げ犯について調べているようなのですが、なぜか会えない2人。小佐内さんが病室に残していく書き置きが意味深です。
2人の「互恵関係」に終わりが近づくと同時に、その始まりの物語にもなっている本作。高校3年間で、小鳩君と小佐内さんの関係はどのように変化したのか。そして、この先どうなっていくのか。このシリーズを読み続けてきた方々にとっては感慨深い1冊になっていると思います。

春夏秋冬とひと通り刊行されたことで、このシリーズは完結ということになるのでしょうか。2人の活躍をもっと見ていたいという気持ちはありますが、今はひとまず、高校生活お疲れさまと言いたいです。


◆アニメについて

最後になりますが、2024年7月から放送中のアニメについても触れていきたいと思います。

アニメ制作決定の情報が出てからずっと楽しみにしていましたが、初回放送を観て、思った以上の素晴らしい出来栄えに感激しました!
オープニングで映像の綺麗さに圧倒され、本編が始まると小鳩くんが!小佐内さんが!動いてる!喋ってるー!!という感じで大興奮でした。表情も喋り方もイメージ通りで驚きです。
小鳩君が推理を披露するときの演出も面白いですよね。フェーズが切り替わったことがはっきり分かりますし、まるで小鳩君の頭の中に入り込んだような感覚。推理を始めると、小鳩君の喋り方が普段よりキリっとするのもすごい!完成度が高くて嬉しい限りです。

『春期限定いちごタルト事件』が刊行されたのが2004年。アニメの時代設定は、現在に合わせて原作とは違う部分もあるのですが、かえって見やすくなっているように思いました。

今回、アニメの原作として挙げられているのは『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』の2冊。アニメではいよいよ『夏期限定トロピカルパフェ事件』の佳境に差しかかっています!これまでのエピソードを振り返りたい方、続きが気になる方、ぜひ原作の方も手に取ってみていただければ。
ウェブストアでは、シリーズ6冊それぞれにアニメのキャラクターが描かれた全面帯をつけて、セット販売も行っております。この機会に全巻揃えてみてはいかがでしょうか。


ということで、「小市民シリーズ」についてご紹介してまいりました。
これまでこのシリーズを知らなかったという方にも、ぜひ楽しんでいただきたい作品です。少しでも作品の魅力が伝わっていたら幸いです。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました!