見出し画像

時間だけは誰にも止められない〜花束みたいな恋をした感想〜


アンテナの高い友人から続々「花束みたいな恋をした」がヤバい!とおすすめされたので、先日見に行ってきました。いや〜ヤバかったねえ。見てから二週間経った今でも「どうしたら二人はよかったんだろうねえ…」と考えてしまいます。

この映画は1組のカップルの出会い〜別れを丁寧に描いた作品で、脚本は「東京ラブストーリー」に始まり、最近では「最高の離婚」「mother」「カルテット」など、数々の名作を産んだ日本のドラマの立役者、坂元裕二さんが手がけています。独特なちょっと舞台っぽいセリフの掛け合いや、モノローグと実際のセリフがクロスするような場面は、坂元ファンならわくわくするところ!

いろんな方が語っていますが、このドラマは意図的に余白がすごく多い。余白を補填しようとすると、どうしても観客そのものの生き方を当て込むから、見た人の分だけストーリが違う面白いつくりになっています。その辺は瀧波ユカリさんがユーモラスに書かれていたのでぜひ。

「時間が解決してくれる」という素敵な言葉がありますが、時間って本当によく悪くも何もかも変えてしまう。時間は止まらないから、時間とともに変わるものごと愛せないと、別れの瞬間が訪れてしまうんだなあと思いました。

麦くんは、今この瞬間の自分の好きなものをいいね!と言ってくれる絹ちゃんが好きだった。だから、自分しかわからない世界のガスタンクや、イラストや、カルチャーをいいね!とわかってくれる絹ちゃんが好きだった。だんだん麦くんの中で大事なものランキング1位が「仕事」にスライドして行った時、「仕事頑張ってる麦くんいいね!」「私も仕事がんばってみる!」と一緒に絹ちゃんが変われたら、二人はずっと一緒にいられたかもしれません。

絹ちゃんは、自分と波長の合う世界に没頭する麦くんが好きだった。だから、食えなくても貧乏でも、自分と世界を共有できて、さらにすてきな作品を自ら作り出せる麦くんを尊敬していた。麦くんの良さは自分が一番わかっているから、お金をもっと稼ぎたい!いい暮らしをしたい!なんて麦くんは思わずに、その暮らしを守れたら、二人はずっと一緒にいられたかもしれません。

でも、モリモリ働く絹ちゃんが想像つくでしょうか?成り上がる系の自己啓発本を没頭して読んじゃう素地のある麦くんが、ずっと食えない暮らしを続けられたでしょうか?どちらも否、であるからこそ、別れは避けられなかったのだろうという答えにたどり着いてしまい、なんだか落ち込んでしまいます。

20代のほとんどをおじさんたちの中にまみれて労働に捧げ、必死になんとか自分の食い扶持は自分で守ってきた私はどちらかといえば麦くんや絹ちゃんのご両親と同じ価値観です。文化に触れ、自分の生き方を再考したり、自省したりしながら、豊かな人生を送るのはとても大事なこと。でも、大前提として生きるためにはお金が必要で、つまるところ働かなきゃいけない。

好きなことと仕事の関係。仕事・お金との付き合い方。パートナーとの関係。20代前半〜30代は目まぐるしくこの辺が変わります。自分でも一貫性がないな…と呆れてしまうほど。でも、そういう変容を経験して、人は段々と大人になって行くのだと思います。だから、二人の変化を止めることはできないし、別れは必然だったのだろうな、と私は感じました。

「花束みたいな」から連想する言葉はさまざま。根がない一過性のものという意味では?綺麗な瞬間という意味では?などさまざまな言われ方をしていて、みんな正解だと思います。

私は、小さい頃ピアノを習っていて、花束といえばピアノの発表会を思い出します。がんばった証のハレの日の象徴。いつかはなくなってしまうけど、受け取った時の喜びはいつまでも残り続けるものです。人生において、こころにそういう華やかな思い出があるのは、とても良いことだと私は思います。

まだまだ各地で上映中ですので、気になる方は是非!見た後の感想を人と話し合うのも楽しいですよ!

P.S
静岡がちょいちょい登場して嬉しかった!二人が遊ぶ海は三保だし、さわやかを食べているのは静岡インター店ですね!なつかぴーーーーー!!!!

きん
twitter→@heaco65

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?