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14、大切にされたい

駅に着き、少し急いで電車に乗る。繁華街へ向かっているようだった。少し小綺麗にしておいて良かったとホッとした。

彼が「これ、一緒に観たくてさ〜」と指差した先には外国の恋愛映画のポスターが見えた。
レイトショーに向かっているようだった。
ここ何年も大人向けの映画を見ることなんてなかった。そういう事を考えて選んだかは定かでは無かったが…素直に嬉しかった。

チケットを買うと、丁度すぐに始まるところだった。
急いで席に座る。右側が…熱い…
隣に座った彼の左腕と私の右腕、彼の左モモと私の右モモが密着しているのだ。離すのにも気を遣い、そのままにしたが…あの時、劇場が既に暗くて助かった。でなければ、きっと私の顔は真っ赤だったろうから…。
映画の中盤で彼が私の肩に寄り掛かる。
スクリーンよりも肩にもたれかかった頭が気になって映画に集中できなかった。
少しして彼の顔を覗き込む。寝ているようだった。「可愛い」大人の男性に失礼かも知れないが、そう感じた。彼が寝ていることをいい事に私も彼の方に、そっと頭を傾げた。
彼は少し身体をピクッとさせたが、また寝入ったようだった。

スクリーンに映る恋人たちを見ていたら、涙が込み上げてきた。自分が惨めに思えた。
「私も大切にされたい」
私なんて居なくても誰も困らない気がした。現に私が出掛けていても子供達は寝ているし、夫は気付かない。彼だって別に私でなくても良いのかも知れない。
目から涙がこぼれた。こぼれた涙が彼の頭に垂れ、彼が目を覚ます。私は顔を背けた。が、彼は見逃さなかった。
私の震える手を彼は優しく包んだ。どうしたの?と言う表情を彼はしたが、私は首を横に振った。
彼が指を絡め、またスクリーンに視線を戻した。

映画は心が温まる良い純愛映画だった。山あり谷ありの末、最後には恋人同士は結ばれる。
劇場にライトが灯り、彼は「大丈夫?」とだけ聞いた。客は捌け劇場スタッフが清掃のため、入ってきた。私は「大丈夫」とだけ答えた。

映画館を出て、少しだけお酒を飲もうとバーに入った。映画についての話をした。彼に寝ていた事を指摘すると、困った顔をして笑った。でも、しっかり映画の内容を覚えていた。もしかしたら彼は寝ていなかったのかも…私と同じで触れ合った肌の温もりを感じていたのかも知れない。
聴き慣れた曲が流れてきた。私はこの曲、この歌い手が好きだった。恋人のいる女性に想いを寄せている男性、友人として会っているが、訪れている店に鍵を掛けて彼女を帰したくないと言う内容の歌だ。
彼も一瞬黙って、「この歌、好き」と言った。同じものが好きな事が嬉しかった。続けて彼は「僕も今同じ気持ち」小さな声で呟いた。

《続く》

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