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関心領域(The Zone Of Interst)

戦争:最も恐ろしい洗脳の1つ

ストーリーはヘース一家の日常を描き淡々と過ぎていくが徐々に具体的にアウシュビッツの惨状を示唆する描写がはっきりしてくる。

理想の家を自慢に思い、また、そこに幸せをかみしめている婦人とは対照的に、時折憂鬱な表情が浮かぶルドルフ。 アウシュビッツ収容所所長という立場=ユダヤ人大量虐殺を指揮する側、である一方、妻と子供がいる一人の男性。 何かしらの葛藤のようなものはあったのだろうか。 

このような状況の場合、一個人、はどうするのだろう。
想像するに、①捨て身になって、人道主義を貫く ②自分の内部の葛藤から目をそらし、与えられた条件を正義と信じる
極端に言うとどちらかではないだろうか。①に該当するのがもちろん、シンドラーであり、シンドラーと同じ行動にでた方たちも複数存在する。日本人の杉浦千畝もその一人。
虐殺される危機にあるユダヤ人たちを助け出した。
人道を貫く尊い志とともに彼らはそうできる力や権限を持っていた。

翻ってルドルフはどうだったのか。
ナチス独裁下ドイツで軍人である彼が、彼の上長であるヒムラー、ひいてはヒットラーの命令であるユダヤ人抹殺、の命令を拒むことは到底できなかっただろう。拒む、という発想そのものがなかったかもしれない。自分と家族のためにも命令を遂行することは当然でありマストであったのは想像に難くない。

また、ヘース婦人やその友人女性、長男の行動からはユダヤ人を同じ「人間」とも思っていないかの様な部分が見える。
対照的なのは婦人の母親。彼女は知人ユダヤ人女性が収容所にいるということで収容所から聞こえる物音・声からよりリアルに恐怖を感じたのだろう。

ヘース一家と、婦人の母親、そしてヘース家で働く人々。
世界中から非難されたユダヤ人虐殺がおこったこの国で、一般の人々の多くはある種これが仕方ないこと、当たり前の事、といわば洗脳されている状態だったのだろう。

戦争状況では、国や世論が人権蹂躙や人殺しを正当化し、殺さなければ殺される、という感情の基に人の善悪基準は意外なほど脆く塗り替えられていくのだ。
そして戦争によって多くの不幸がもたらされる。
その過程にこそ、ぞっとする恐ろしさを感じた。

「関心領域」=可変

この作品は戦争映画としては異色の表現方法を用いている。
徹底的に「音」と、「背景」にある収容所、そして登場人物の表情やふとしたつぶやきなどから戦争の恐怖を「におわせ」てくるやり方だ。

もし先入観や前知識なく「関心」をこの一家の日常だけに合わせていれば、ある一家のストーリー、として終わる。これはアウシュビッツの事を描く意図があると知ってそちらに関心を寄せながら、収容所の音、煙、などの象徴的な背景もみるから、じわっと恐怖が襲ってくるのである。

勘違いしていけないのが、決してヘース一家が、個人の意思として、塀の向こうにあるユダヤ人迫害に加わったのではない、という点だと思う。
幼いハンスやインゲブリッドは異様な雰囲気をちゃんと感じていたと思われる描写もあり、「戦争」は様々な形で市民を傷つけていくのだ。

現代であっても人は時に能動的に無関心を装う。
見なかったことに、聞かなかったことに、なかったことに。
ある種人間の防衛本能だと思う。

ただ、本当に目をそらしていいことなのか、あえて向き合うべきなのか。
関心領域を狭めるのも広げるのも、その人次第である、にも関わらずやはり一種、洗脳されることでそれまで無自覚にコントロールされていく。
ヘース一家においても、理論理屈を考える大人、大人に近い長男は収容所から聞こえる叫び声、銃声などや不気味な煙、これらに対しほぼ無関心または無感情(な様に見える)。逆に幼い子供たち程、この異様な環境で何か心に傷を負っているように思える。

鑑賞後、自分があまりにアウシュビッツやユダヤ人虐待について知らないので、少し調べようとググってみた。
登場するヘース一家は実在する一家で、アウシュビッツ強制収容所の所長であったルドルフ・ヘースは戦後、裁判により有罪判決、絞首刑に処されている。(ナチス党副総統であったルドルフ・ヘスは別人。映画で描かれている一家のファミリーネームはドイツ語スペルで「ヘス」より「ヘース」が近いと思われたので区別して書きました。)
また、彼の家族はユダヤ人虐殺にかかわった人物の家族として社会から弾かれ、戦後辛い思いをしながら過ごされたようだ。
恐らく日本では広く知られていないだけで(自分が無知なだけかもしれません、)ルドルフ・ヘースはユダヤ人虐殺における”悪者”として認識されている、というのが前提の作品なのかもしれない。
ただ、彼ら一家を残虐なドイツ人一家、と単純に見れなかったのも事実で、戦争は全てを不幸にする・・・

戦争ものをみて、後から後からもやもやと考えさせられることは初めてだった。

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