【百合創作】Life is but a dream　(人生は夢にすぎない)

　ときどき思うんだ、もしかしたら今ここに居るわたしは、誰かの夢の中の住人じゃないかって。

「それって、なんかの漫画で読んだことあるね」
「ほんと？　でもさあ、わたし、本当にそう考えちゃうんだよなあ」ばかみたいだっておもうけどさあ。そう言って、わたしの少し前を歩いていたりえちゃんが振り返る。
　いつもの学校の帰り道。今日の部活はきつかった。今週末は県大会なので、顧問の阿部先生もいつもより張り切っているようだった。足が痛い。今日はよく走って、よく叫んで、よく汗を流した。
「待って、りえちゃん、足が痛い」
「あんたはスタミナなさすぎんだよー」
　りえちゃんは歩くのが早い。いつもすたすたすたすたと前を歩いていく。一緒に並んで歩いていたはずなのに、いつの間にか先へ行ってしまう。そしてわたしが隣に居ないと気づいて、彼女は何回も立ち止まってわたしが追いつくのを待つのだ。
　何回も。何回も。
「……なあに、その手」
「手えつないで歩こうよー。だってあんた遅いんだもんいーっつも」
「えーでもなんか恥ずかしい」
「いーじゃん、別に。だって今この瞬間は誰かの夢かもしれないんだよ？　これは夢だと考えたら、大抵のことは乗り越えられる」
「なあにそれ」
　まあまあいいからいいから、そう笑って手首を掴まれた。そして手のひら。
　手首を掴まれるより、手のひらを掴まれるほうがなんだか恥ずかしい気がする。体温が上がる。りえちゃんの手のひらは冷たい。わたしの手のひらは熱いのだろうか。わたしだけが意識しているみたいで恥ずかしい、そう思いながら下を向いて歩く。
「人生は夢にすぎない、かあー」
　能天気な声。わたしがひとりでぐるぐると考えているだけだ。まあ、そんなことわかっちゃいるんだけど。
「なあによ」
　つい、不機嫌そうな声を出してしまった。だけどりえちゃんは気にした風でもなく、にこっと笑って話を続ける。
「昔、読んだ本の中にそんな一説があったんだ。それはマザーグースの歌詞らしいんだけど」
　そう言って歌いだす。
「……英語？なんて歌ってるのかわかんない」
「あたしも。でも、何となく分かる気がするんだ。なんとなーく、なんだけど」
　りえちゃんが歌う。何度も歌う。同じ歌詞を、何回も何回も。

　ろう、ろう、ろーゆあぼーと、じぇんてぃだんざすてぃーむ、
　めるり、めるり、めるり、めるり、らいふぃ　ばっ　あ　どりーむ

　何だか不思議な心地の良いリズムの歌だった。マザーグースって童謡だっけ。子守唄だっけ。
「めるり、めるり、めるり、のところがいい感じ」
「でしょ？これさ、すっごく探したんだよなあ。図書館とかに通ってさ、CDとか探してさ」
「日本語訳は？」
「あったけど、あんまぴんとこなかったんだ。でも」
　最後の一説が『人生は夢にすぎない』っていうんだ。そう言って、りえちゃんはつないだ方の手をぶんぶんと振り回した。
「……人生が夢にすぎないんなら、じゃあわたしのこの人生は、誰の夢なんだろう」
　わたしも一緒に手を振り回す。りえちゃんは楽しそうに笑っている。
「ね、考えるでしょ？」
「そうだね、確かに」

　ろう、ろう、ろーゆあぼーと、じぇんてぃだんざすとりぃーむ、
　めるり、めるり、めるり、めるり、らいふぃ　ばっ　あ　どりーむ

　人生が夢にすぎないんなら、こうやってりえちゃんと手をつないで歩いているのも、だれかの夢なんだろうか。わたしの夢なんだろうか。それともりえちゃんの夢なんだろうか？
「……国語が得意だったら、分かるのかなあ」
「どうかなあ、…まあ一種の比喩だろうなあとは思うけど」肩をすくめてりえちゃんは立ち止まる。
「でも、夢だと思えば、人生って、何でもアリな気がするわけで。結構いい言葉だと思わない？人生の格言、って感じでさ」
　そう言って、わたしを見つめてくる。何だか変な空気だ。わたしもつられてりえちゃんをみつめる。頭の中ではあの歌がぐるぐると回っていた。

　ろう、ろう、ろーゆあぼーと、じぇんてぃだんざすとりぃーむ、
　めるり、めるり、めるり、めるり、らいふぃ　ばっ　あ　どりーむ

　人生は夢に過ぎない。
　この一瞬も、明日の練習も、今までのわたしの人生も、夢に過ぎないんだろうか。
　誰かの夢なんだろうか。
　この胸の痛みも、妙な切なさも、りえちゃんのてのひらの冷たさも、夢に過ぎないんだろうか。
　誰かの、夢なんだろうか。

「明日も、がんばろうね。練習はきつくても、誰かの夢だと思えばのりきれるもんだからさ」
　ぐるぐると考え込んで黙り込んでいるわたしにそう言って、またわたしの手を引いてりえちゃんは歩き出す。
　わたしも大人しく手を引かれて歩いた。手を引かれて歩いている間中、わたしの頭の中ではあの歌が、いつまでもいつまでもぐるぐると回っていた。

end.