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早すぎる別れ。それでも私は生きていく



叔父が58歳という若さで亡くなった。


100歳まで生きるんだ
老後はキャンピングカーで釣りをして過ごすんだ

この先も当たり前のようにくる明日を過ごすものだと
誰もが疑いもしなかった未来は無情にも来なかった


原発不明がんと診断されて1年。
抗がん剤治療を行って闘病していた、回復に向かっているわけではなかったけどこんなに早く別れが来るとは思わなかった



母の兄にあたる叔父。
私は母方の実家に行くのが小さい頃から大好きだった。
おじいちゃんおばあちゃんに会うのも、年の離れた年下の従兄弟と遊ぶのも好きで、長い時は1週間泊まっていたことも。
叔父にも従兄弟と一緒に動物園やおでかけに連れてってもらってた。



遡ること3年半前に大好きだった祖母が、癌で他界した。
最初は実感も湧かなかったけど、ふと「今もまだ生きてたら、なんて言うかなぁ何してるかなぁ」そんな想像をするようになって
徐々に実感していくもう会えないという事実。


82歳でもまだまだ生きられるのに。
癌さえなければ、まだまだ元気だったのに、、と思っていた祖母の死から3年半たって叔父がこの世を去ってしまった。



早すぎる。



初孫が産まれたばかり。息子の成人式もこれから。
一生懸命働いた現役時代ももうすぐ定年を迎えて
これから老後を楽しもうとしていたのに。



3年半の間に、母親と兄弟を失った私の母。
長年連れ添った妻に先立たれ、親の自分より先に子供に先立たれてしまった祖父。
この先何十年と連れ添うはず夫を失った叔母。
まだ10代、20歳で父親と早すぎる別れを余儀なくされた従兄弟。

自分ももちろん悲しいんだけど
この人たちのことを考えると、言葉では表せないぐらい
哀しくて悔しくて、何かの間違いであって欲しかったと思ってしまう



なにより
この先の人生を楽しみに描いていた中で
ある日突然病に侵され、変わりゆく自分の姿をいちばん肌で感じていただろうに、それでも諦めることなく毎日を懸命に生きていた叔父の願いが叶わなかった、この残酷さが辛い。





この哀しみを私たち家族が完全に受け入れるには
まだまだ時間がかかるだろう。
無理に前を向いて歩く必要はないと思う。
だけど、わたしはこの先も何としてでも生きなければならない。



希死念慮があったことはないけど、
毎日同じことの繰り返しの日常、周りの人生がキラキラして見え自分が取り残されてると感じるとき、この先何十年も生きることにうんざりしたことはある。




だけど、決して人生を諦めたり繰り返しくる明日を鬱陶しく感じて過ごしてはいけない。
生きたいと強く願った叔父が生きれなかった今日を、明日を懸命に生きなければ。
家族を2人も失ってしまった母にこれ以上哀しい思いをさせないためにも。



そんなことをここ数日思っていた。
葬儀を終えて、それまでは夢を見てるような感覚だったけど、これが現実なんだと実感するようになってきた。


ふとした瞬間に悲しみが襲ってくる。
この悲しみを胸に、大切な人たちと歩んで生きたい。




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