繰り返しの先に

 生活をする以上、家事を避けて通ることはできない。
 得意と不得意というのとは違って、どうしても好きになれない家事というのはある。

 結婚して家庭を持った時に、嫌いな家事の筆頭だったのが、アイロンかけだった。洗濯し終えて乾いたシャツに軽く霧吹きをし、アイロンをかける。シワが綺麗にならず、やり直そうと試みて違うシワを作る。そういうことを繰り返すうちに、途方に暮れた。
 ノーアイロンでも着ることができる、という謳い文句のシャツを試してみたりもしたが、仕上がりに納得いかないのは変わりなかった。
 ぴしっと仕上げたいのに、どうしてもそうできない。もはや、クリーニング屋さんに頼むしかないのか。いやいや、時々はよくても、日常の作業着のような扱いの夫のビジネスシャツの手入れのすべてを外注、というのは、経済的にも、主婦の沽券(もはや死語)にもダメージがある。
 そのうちに、こんなに嫌なのは、道具のせいかもと思うようになった。
 コードレスのアイロンが出始めた頃ではあった。コードの取り回しは、アイロンかけるのに面倒さを加えている。だけど、それでぴしっとした仕上がりを望めるのか。それなら、ドイツ製の重いアイロンにしたらもうだろうか?と考えたりした。
 そのうちに子どもを授かり、まったく違う視点に気付いた。もしも、アイロンをかけているところに、幼い子どもが手を伸ばしたら? その想像にぞっとした。広い家ではない、また子の様子を見ながら家事を片付けなくてはならない。子どもの手が及ばないところで、アイロンをかけるにはどうしたらいいのか。
 そこで初めて、アイロン台を立ったまま使える、高さのあるものに替えることを思いついた。
 それまで、短い足のついた長方形のアイロン台を使っていた。実家の母が使っていたのがそれだったから、というだけで選んだものだ。それを折りたたみ式の長い足が取り付けてある、舟型のアイロン台に取り替えた。
 すると、立ったままアイロンがけできることは、驚くほど楽だと気付いた。
 まず、アイロンをかけ終えた服をそのままハンガーにかけることができる。舟型の先の形がシャツの肩に合い、余分なシワをつけずにきれいにできる。また、立ったままかけることで、アイロンに自然な重みを加えることができる。
 次第にルーティンができ、シャツは、洗濯後弱く脱水をかけた後、すぐにアイロンをかけることにした。それまで、洗濯を終えて干したものを何枚かまとめてアイロンがけをしていた。それより、生乾きの状態でアイロンをかける方がずっと楽にシワを伸ばせる。
 また、作業する場所に近い場所にアイロン台を収納したことで、取り掛かることが面倒ではなくなった。すぐに取り出せるからだ。そして、何枚も同じ作業を繰り返すより、1枚だけ、さっと道具を出して片付けてしまう方が、ずっと気持ちが軽い。
 道具を替えただけで、アイロンがけしながら味わう感覚がまるっきり変わった。そう、道具を替えただけなのだ。
 なんだ、これだけのこと! 驚きの展開だった。

 好き嫌いを自分で決めて、嫌いを避けて通れば、効率がよくて楽かもしれない。でも、試すすがめつすることでまるっきり転換もできる。そういうことは他にもあるのかもしれない。
 家事は暮らしの営みを支えるものだ。繰り返すことで叶うもので、その大切さがわからなかった。
 日々の食卓を一汁三菜にこだわっていた時期は、しんどかった。母から教えられた通りの理想系の食事の支度を、忠実に守れない自分にダメ出しして自信を失い、カウンセリングを受けたこともあった。みんなが毎日当たり前に繰り返すことが私にはできない、と思い込んでいた。
 でも、決してそうではなく、家庭によってさまざまな食卓があり、さまざまな暮らし方があることの方が当たり前で、私は私で、私の家庭をつくればいいのだと気付いてから、ずっと息をしやすくなった。
 うちの食卓は、ごはんとお味噌汁が基本、そして主菜。もう一品加えるのは作り置きしておいたおかずや、市販品の助けもうまく借りる。うちにはこのくらいでちょうどいい、とようやく自分を納得させられるようになった。
 アイロンがけもやはりそう。一番嫌いな家事だったはずのアイロンがけが、さほどではなくなり、得意と自慢できるほどではないが、毎日繰り返しやれる家事になった。
 その繰り返しを当たり前にできるようになった自分を、少しは褒めてやれるようにもなった。
 そして日々繰り返しの家族の暮らしの営みを、自分が支えていることに、ささやかに誇りを持てる自分になってきたと思える。

 この春、わが子が家を出た。
 自分で家事をすることになり、試行錯誤しているようだ。
 娘が試すすがめつする先に、自分の手で暮らしを組み立て、繰り返しを叶えることで、より創造的な日々を発見してほしい。そして、喜びや誇りを感じてくれたらうれしいな。

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