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パンチアパート

同じアパートに17年住んでいる。
平成中頃に建てられた木造アパート。
施工した不動産屋が同じと見られる建物も市内に何棟かある。

当時の流行なのか両端の部屋には出窓がついている。屋根は瓦屋根。
外階段は今時ないほどの角度でそそり立ち、錆びた手すりは安全を確保できるとは思えない。
家鳴りもひどいが「ラップ音激しいな」と笑い合える家族でよかった。

元々3棟のアパートだったが、現在私たちの住む1棟のみとなり、更地には個人医院が建てられた。

2階建て、8室あるうち3室のみ居住者がいる。
1階には50代と思わしきひとり暮らしの男性がいる。
バイクが趣味のようで、部屋の前に2台の大型バイクを止めている。
使わないタイヤや工具なども自由に配置されている。
一度開いた玄関のドアをチラリと見たことがあるが、HONDAや KAWASAKIのステッカーがビッシリと貼られていた。

2階の奥から2番目に60代くらいの夫婦が住んでいる。
彼らもまた廊下に大きめの収納ボックスやタイヤを置いて静かに暮らしている。
以前、ドアが開きっぱなしになっていたことがあり、焦げ臭い煙が辺りを漂っていたが事なきを得たようだ。

そして我が家は2階のいちばん手前の角部屋で、隣も下も空き部屋となっている。
ここで家族が増えたり減ったりしながら細々と暮らしてきた。

この地区は古くから住んでいる人が多く、我が家の大家さんもたいそうな地主である。
ちょっとした公園ほどの庭のある家が立ち並び、たまに建つ新築は個性溢れる注文住宅ばかりである。
そんな中に建つ、時が止まったかのようなパンチのあるアパートが私たちの城である。

今は冬。朝起きると外かと思うほどの冷え込みである。石油ヒーターをつけると現在の室温7度の表示。
うん、もう外だね。されてないのかな、断熱。

速攻で靴下を履き、エアコンと石油ヒーター2台の熱風で温める。こたつもスイッチオン。
こうでもしないと冬は越せない。私はあと何回ガソリンスタンドに灯油を買いに行かねばならぬのか。木造アパートの灯油消費は早い。

そして夏。灼熱である。角部屋のため全ての窓から燦々と陽がさしてくる。おはようからおやすみまでもれなく暑い。
壁をさわれば生ぬるく、窓に触れれば火傷必至である。

ガスはプロパン。冬場のガス代に毎年震え上がる。
光熱費は春と秋の節約に励み、夏と冬で盛大に引き落とされる。容赦ない。
古い木造アパートはほんとうに暮らしにくい。

春、ベランダからは近くの小学校の満開の桜がよく見える。
今度桜が咲く時は、ランドセルを背負って学校に行くのだと言われた時の、子どものキラキラした笑顔。
抱きしめた時の頭の匂い。

夏、室外機と灯油ポリタンクでギチギチのベランダにホームセンターで買ったいちばん小さなビニールプール。
きゃあきゃあと、はしゃぐ子どもたち。
赤いゾウさんのじょうろ。
水着に乗っかるポッコリお腹。

秋、虫の声を聞きながら、いつもは寝ている時間にこっそり散歩に行ったこと。
自動販売機で買ったコーンスープを大切そうに飲んでいたこと。

冬、子どもたちが先に寝ている布団がとても暖かかったこと。
寝ぼけながら手を繋いできたこと。

このパンチの効いた木造アパートには、取るに足らないけれど、大切な思い出がギュウギュウに詰まっている。
もちろん辛いことや、悲しいことも。

新築一戸建てに住みたい、と何度思ったことだろう。まわりと比べてしまいメンタルが奈落の底に吸い込まれたこともある。

だけどまあ自分にできるのはこれくらいなんで。無理なものは無理だ。
これ以上望むと多分楽しく生きられないので。
諦めたり、納得したり、疲れたり、希望を持ったり。

もうすぐアパート契約更新のお知らせが届く頃だ。大家さんが、取り壊しを検討しているとは聞いている。
あとどれくらい住めるかわからないが、私はまた契約更新する。
ほんとうに住みにくい、この古い木造アパートを。

今日の執筆のお供
絶望ライン工ch
[年収240万] 絶望首都高ドライヴ[独身中年]
サービスエリアのカツカレー


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