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俺のおでん

いつも家族の好みに合わせて食事のメニューを決めている。
そうすると自分が食べたいものではないので、味見の時点で満足してしまい食欲を失う。
とりあえず納豆ごはんやふりかけごはんを食べてお腹を満たしている。

家族の好みと自分の好みで2種類作ればいいのだが、平日のHPが限りなくゼロに近い夕方にそれは無理だ。

そうこうしているうちに、自分の食べたいものがわからなくなってしまった。

スーパーに行っても、コンビニに行っても食べたいものがない。
いつもの食材を乗せたカートを押しながらグルグル回りピンとくるものを探す。

ない。食べたいものなんかないぞ。

しばし放心したが、寒い時期にだけ大々的に展開している「おでんコーナー」が目にとまった。

よし、もうこれにしよう。冬だし。
明日は休みだし。

おでんは特に好きな食べ物ではない。
実家にいた時も滅多に食卓にのぼらなかったし、コンビニで買ったこともない。
なかなか食べる機会のないメニューだった。

大きな大根をカゴに入れていたことも関係しているのだろう。
突然「おでん」の存在に気付き、作ろうと決めた。

じっと練り物の茶色い陳列棚を見る。
よく見たことはなかったが、それぞれ個性的だ。
野菜やひじきが入ったもの。
タコやイカのみじん切りを練り込んだもの。
チーズ入りもある。
3種類ほど選び、こんにゃく、ちくわぶを追加。

帰宅後、夕飯作りと並行して「自分のおでん」を作る。
出汁のレシピを検索し、大根の下茹で、ゆで卵の準備、練り物の油抜き。こんにゃくには格子状の隠し包丁を入れる。
レシピ通りに進める。初心者は基本に忠実。

出汁で具材を煮込む。
味の染み込んだ大根にしたいので、今日は食べずに明日まで待つ予定だ。
なんとなく並べて入れた大根が可愛らしい。
小刻みに揺れて肩を寄せ合って煮込まれていく。

途中、早く煮えるようにと強火にしてしまい、ボコボコと出汁が沸いて濁ってしまった。
透き通るような黄金の出汁とは程遠い。
急に濁り湯のようになってしまい、大根にも悪いことをした。

翌日、冷ましては火にかける作業を2回行い夕飯に間に合わせた。
食べるまでにこんなに時間をかけた食べ物は我が家ではなかなかないので、家族にも少しずつ「自分のおでん」を取り分けた。

肉食の民たちは「おいしいよ」とは言うものの、おかわりの声は聞こえてこなかった。

肉を食らう家族を横目に、出汁をたっぷり吸った大根を食べる。
噛むたびに大根から出汁が溢れ、あの手間ひまはこの為にあったのかと何度も頷いた。
濁ってしまったつゆも家庭らしくていいじゃないか。
卵はカチカチの固茹でになり、味の染みた白身もホロホロの黄身もつゆと共に流し込めばもう極楽である。

おでんによって私の食スイッチが再びオンになったようだ。
おいしい、おいしい。
自分のために頑張って作ったおでん。
自分の、私の、俺のおでん。
「俺の」を付けると特別感が増す気がする。
「俺のドーナツ」「俺の柿ピー」「俺の餃子」
なんだか誰にも取られない気がする。

ありがとう、俺のおでん。

作り始めから、いや、練り物を選んでいる時からなんの期待もしていなかったが、私に食の楽しみを思い出させてくれた神のような仏のような存在である。

自分のために手間ひまをかける。

家族のためと思いながら頑張っていたら、自分のことを忘れていた。
自分も含めて家族なのだから、自分を大切にする事もとても大事なことだった。

今後は「俺の○○」を増やしていこう。
抱負や目標など立てたことなどなかったが、これでいこうと思う。

とりあえず私は今、何かを煮込みたい。

今日の執筆のお供
あいです。[全て忘れたい日の言い訳。]


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