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いくら?

高校生の頃、
しばらくバス通学をしていた。


自転車で転んでから
バスの楽さに味を占めたわたしは
怪我が治っても
自転車をこぐ気になれなかった。

受験を控えて補習だ。進路相談だ。と
やることが増え、時間も遅くなり、
帰る時間は友だちとバラバラになり
ひとりでバスを待つ日も多かった。


ある日もひとりでバスを待っていたが、
退屈だったので、
ひと駅歩いてみようと思った。


夕暮れの歩道をとことこ歩く。
車道はトラックやいろんな車が追い抜いて行く。
みんな忙しそうに働いているのかな。
家路につこうとしているのかな。
妙に目立つ黄色いスポーツカーも
ブローン!
と大きな音をたて追い抜いていった。



次のバス停の前にはお弁当屋さんがあった。
自動販売機もあって少し明るかったので、
バスの着く時間まで
お弁当屋さんの前で待つことにした。

わたしがそこに立って間もなかった。


ブローン!
さっき通り過ぎていった
黄色いスポーツカーが
駐車場に入ってきた。


駐車場に停めるのかと思ったら、
わたしの前に止まり、
ウインドウが開いた。
知らない長髪の男性だった。

「……ら?」
「はい?」
なにか言ってるけど、よく聞こえなかった。

「…にまん?」
「はい?」
「…さんまん?」
「!?」


「いくら?いくらでヤラしてくれるん?」


!!!

怖すぎてその後ははっきり覚えていない。
咄嗟にお弁当屋さんに駆け込んで
おばさんに「助けて!」って言って
母に迎えに来てもらうまで
隠れさせてもらった。


迎えが着いた頃、外は真っ暗で
あの黄色いスポーツカーはいなくなっていた。


当時、「援助交際」っていうのが
世間で問題だった。
テレビの向こうの話だと思っていた。
自分がそういう対象に見られている
意識なんかさらさらなかった。
田舎のおぼこいお嬢ちゃんだった。
世間しらずで危機意識もなかった。



「逢魔が時」とはよく言ったもので、
わたしが出逢ったのは魑魅魍魎とは
違う類のものだったけれど、
もう少しで連れ去られそうだったと思うと
今でもゾッとする記憶だ。

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