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時給 アジ3尾

夕食を早めに終えた午後7時頃。



ピンポーン
「誰か来た。」
「なにか注文したっけ?」
「いや〜?」



「はい。」
インターホンに母がでる。
「ああ!〇〇やけど!お父さんおってけ?」
高くてけたたましい声。
この声。
イヤな予感。


父と母、ふたりが玄関にでると
予想通り近所に住む老夫婦の奥さんだった。

 

居間にいたわたしたちには
内容までは聞こえないが、
高い声はけたたましく
早口になにかを訴えている。



ぱたりと声がしなくなり、
母だけが居間に戻って来た。
「ヘビが朝から庭にずっとおって気持ち悪いから
どうにかしてほしいって、お父さんに。」
「はぁ?」
また厄介事を持ってきたのです。


「え、なんでうちなん?」
「断られへんからなぁ。」
父は家族に対して
それは豪然たる内弁慶だが、
特にご高齢のご近所さんの頼み事を
断れないタイプである。


実はこのご夫婦、
父のそれをわかっていて、
厄介事だけを度々持ってくる、
わが家にとってはくせ者夫婦である。
普段はそれほど親しくもない、
地区の最低限の
ご近所付き合い程度しかない、
このご夫婦は
なぜか高圧的な態度で現れる。


それにしても朝から居たんなら、
どうして暗くなってから
こんな危険な事を人に
させようとするのか。
しょっちゅうやってくる
息子に頼まないのか。
ていうか田舎のおばあなのに
家の中でもあるまいし、
ヘビくらいどうにかやりすごせよ。
不満が沸々と沸騰し始める。


本当は様子を見に行きたいけど、
そういう時に心配がられる事を
父がひどく嫌うのを知っているので
心配しながら待つこと小一時間。
父が戻ってきた。

「大丈夫?ケガしてない?」
「大丈夫や。逃がしてきた。」


父がいうには
老夫婦が放置していた網に
ヘビが入り込み出られなくなっているのを
殺さずに逃がせと
横でギャンギャン言われながら格闘の結果、
絡まり過ぎて切るしか手段がなく
網を切ってようやっと逃がせたそうだ。
よくまぁ噛まれなかった事だと
家族皆、胸をなで降ろしたところだった。



ピンポーン
むむっ。



「さっきはごめんなぁ!」
ごめんのニュアンスに
申し訳無さそうな雰囲気は
感じられない。


「これなぁ、ちょっとだけやけど、
さっきのお礼!息子がイカ釣りにいっとったんや!少しやけど食べて!」



気がはやるのか早速に
お礼を持ってきたようだ。
ていうか、今持ってきたって事は
ソレ、家にあったよね?
ということは、父に頼む前に
息子きたよね?




母が受け取った
ビチョッとしたビニール袋を
覗き込むと
「あれ?」
イカではなく、
アジが3尾入っていた。
「…。」
母は言葉を失っていた。


「ほんまに少しやな。」
思わず心の声が漏れた。
母も苦笑いだった。


父が小一時間、
危険に晒されながら格闘した対価が
アジ3尾…。
妥当なんだろうか?
甚だ不満だった。


父が好意でやったことだ。
対価が必要なわけではない。
この老夫婦以外の方のお願いなら
「良いことしたね。」と
思うくらいだろう。


人にものを頼む態度ではない事、
何度も迷惑をかけていても
これをあたり前と思っている事、
長く人生を生きた先輩の所業としては
真似はしたくない姿を
何度も見せられている故、
どうして拒否反応がでてしまう。
ましてや今日のように
家族を危険に晒されて
平穏で居られる訳が無いのだ。

あとで少し調べたが、
アジの相場は大きさや新鮮さで
ピンキリだ。

このサイズだと
安いものは1尾200円ほど。
立派なものは3尾で1万円ほどもする。
お世辞にも後者には見えなかったが。


はたして父の1時間の時給は
いかほどのつもりだったのか。
真相は老夫婦のみぞ知る。



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