見出し画像

遺言執行者と相続登記

今回は少しマニアックなお話です。


遺言者の死亡と同時に相続が起こる

遺言で相続人の誰かに不動産を相続させるといった内容を記載した場合、遺言者の死亡と同時にその不動産は遺言で指定された相続人の所有物になります。この場合は、不動産の所有権を取得した相続人が自ら相続登記の申請をするか、または司法書士に依頼して相続登記をすれば指定された相続人の名義に変わります。

遺言では「遺言執行者」を定めることが多い

さて、遺言では通常「遺言執行者」を定めることが多いです。遺言執行者とは、遺言の内容を実現させる役目の人のことをいいます。あらかじめ遺言の遺言執行者になってほしい人を記載しておくことで、その遺言執行者が財産の確認、財産目録の作成、財産の管理、財産の分配、相続人への連絡などを行う権限を有します。遺言執行者がいなければ、金融機関などの手続きをする際には、相続人全員の実印と印鑑証明書を求められるなどかなり面倒なのです。ちなみに遺言執行者は、未成年・破産者以外であれば誰でもなれます。

遺言執行者にはできないことも…

ただ、相続登記は遺言執行者が相続人に代わって登記申請することができないとされていました。理由としては、遺言者が死亡するとその所有権は指定された相続人に承継され、相続登記はそれを登記簿に反映させるだけの行為であるため、遺言執行者の入る余地はないとされていたからです。すなわち、相続登記は財産を承継させるために必要な手続きではないとされていたのです。

民法が改正されました

__________________________________
令和元年7月1日に民法が改正され、遺言執行者に関する条文は以下のようになりました。
(民法1014条第2項)
 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共有相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
__________________________________

ポイントは、「対抗要件を備えるために必要な行為」という部分です。対抗要件とは、かみ砕いていえば「誰が所有権を主張できるかの優劣を決するための要件」のことを言います。
不動産の場合、この対抗要件は「登記」なのです。例えば、Aさん所有の不動産をBさんが購入したものの、Bさんが登記をせずにいたところ、AさんがCさんに売却してCさんが登記をしてしまった、というケースではBさんはCさんに対して「自分のほうが先に買った」と主張できないというお話です。(Aさん行為は犯罪ですが、それはいったんおいておきます)

               ◆◆◆

相続登記に関係あるの?

これを相続登記にあてはめてみましょう。
例えば、被相続人がX、法定相続人がY、Zの2人いるとします。Xは遺言でZに不動産のすべてを相続させるとしました。この場合に、Yが借金をしており返済も滞っているとすると、債権者としてはYが相続する財産を差し押さえることを期待できますね。不動産の民法改正前(令和元年6月末まで)は、仮に債権者がこの不動産を差し押さえても、Zさんは「私が遺言で不動産のすべての権利を取得したのだからその差し押さえは無効です」と主張できたのです。これは、登記をしなくても主張することができたという点がポイントです。

 ところが、令和元年7月1日の民法改正によって、「登記をしておかなければ、自分の相続分を超える部分については主張できない」と規定されました。(民法899条の2第1項)
上の例でいえば、Zは法定相続分の2分の1は登記をしていなくても主張できますが、遺言で取得した残りの2分の1については登記をしておかなければ、第三者に主張できません、という規定に変更されたのです。

               ◆◆◆ 

 ここで再度、先程の令和元年7月1日に改正された条文のポイント部分に戻りましょう。
「対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる」
この部分は、まさにこのことを指しています。以前は、遺言で自分の法定相続分以上の所有権を取得すれば、その権利は絶対的なものであったのですが、法改正により登記しておかなければ権利を主張できないとされましたから、先に誰かが登記をしてしまうと遺言どおりに権利の承継を実現したことにはならないのですね。そこで、改正法の中においては、相続登記の申請も遺言執行者の役目と明記することになったのです。

令和元年7月1日以降に開始した相続だけです

ただ、遺言執行者が所有権を取得した相続人に代わって相続登記をできるのは、「令和元年7月1日以降に開始した相続」についてのみです。それ以前に開始した相続については、遺言で取得した法定相続分を超える権利について相続登記をしていなくても第三者に主張できるのですから、遺言執行者の出番はないことになります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?