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ママが「べきねば」から離れる方法。


こんにちは。
不登校専門カウンセラーの笠原雅子です。

新学期が始まってそろそろ2週間が経とうとしています。
皆さんいかがお過ごしですか?

学校へ行けたお子さん。
行けなかったお子さん。

そして、学校へ行けたけどやっぱり疲れてしまって
また元の生活に戻ってしまっているお子さん。

引き続き行けるようになっているお子さん。

様々だと思います。

そして、今、それを見ているお母さんはどんな心境でしょうか?


・行けたお子さんに喜んでいる。

・行けなかったお子さんにがっかりしている。

・初日は行けたけど、また行けなくなってしまったお子さんに
 「せっかく行けたのに・・・」
 とやるせない気持ちになっている。
 もしくは、怒りが湧く。

・行けたお子さんに、
 このままずっと学校へ通い続けてほしいと思っている。



いろんな気持ちでお子さんを見ていることと思います。


そんな時、
あなたは、どんなことを基準にお子さんの状態を見ていますか?


もし、
行けたとか、行けないとか、
(できるとか、できないとか)
そこの部分にフォーカスして物事を見てしまうと、
途端に苦しくなってしまうかもしれません。

行けたことがオッケーで、
行けないことがダメ。
のような、
良いとか悪いとか、
出来たとかできないとかの視点は
私たちが子供のころから慣れ親しんだ世界なので、
ついついそこで見てしまいがちですが、

実はそれこそが、
私たちを苦しめてしまう悩みの元凶だったりするのです。

いわゆる、「べきねば」で表現されることですね。

「べきねば」は私たちの選択肢を狭めてしまいます。


そうであらねば、そうあるべきという思いに押しつぶされて、
本来の自分が押し込められてしまうのです。


ということは、「べき」や「ねば」を手放せば、
私たちはその分だけ楽になっていくということですね。


そうはいっても「べきねば」はすぐに捨てられない。


楽になるんだったら、じゃあ捨てるわ。って
すぐさま、さよならが言えたらこれほど楽なことはありません。

なかなかそれが出来ないのが人間。

だって、ずっとそれが正しいことだと思って生きてきたし、
きっと、それに助けられたこともいっぱいあった。

だから、まずはそう思っている自分に
気が付いてあげましょう。
まずはそう思っている自分がいるんだということを
わかってあげるのが、
最初の一歩のとても大切なプロセスです。


私は、「学校へ行けないことは恥ずかしいこと」と思っているんだね。
そして、
「学校へ行かなければ、将来大変なことになる。」と思っているんだね。
・・・と。

自分はこういう考えを持っているんだな。
と今の自分をわかってあげる。そして、認めてみる。

少し怖いけどね。

でも、それが大切な第一歩です。

そして、それが出来たら、実はもう手放せたも同然。

あとは、そう思っている自分をどうするかを
あなたは選択できるからです。


だけど、こんな風に、すぐにそうと分かるものは
比較的わかりやすくていいのですが、

実は同じ「べき」「ねば」でも、
自分でそれを持っていることにすら気づけないものもあります。

あまりにもあなたの中で当たり前になってしまっていて、
ある意味自分の一部になってしまっているものです。

もしかしたら、それが自分の性格だと思っていることすらあります。
私はこういう性分だから!!と思っていても、
実は、”そうしなければいけない。”
という思い込みからきている場合もあるということです。

ちなみに、「べき」「ねば」は
あなたが生まれつき持って生まれたものではありません。

生きていく中で、知らず知らずのうちに獲得してきたものです。

心理学用語では、「ビリーフ(思い込み)」と言ったり、
その状態にあることを「鵜呑み」と言ったりします。

それらはたいてい、親や、先生や、社会から学んだものです。
そして、私たちはそれから逃れることはできません。
誰でも絶対に鵜呑みの状態になってしまうのです。

ですが、実はそれらの状態は本来の自分と違うあり方です。

本当の自分と違うからこそ、
その考えのもとに動こうとすると苦しくなるのです。

だから、目の前のお子さんを見ていて、
なぜか苦しくなったり、

お子さんに向かって放った言葉で
自分自身を責めてしまうようなときは、


本当のあなたはすでにちゃんと違和感を感じていて、
それをあなたの中の深い部分が知らせてくれているのです。

これは違うぞ!と。
あなたの内側が警報を鳴らしているのです。

その違和感を大切に、ちょっと怖いけど、
そんな自分に気づいてあげてください。


こうするべきだ。や
こうあるべき、
こうしないとダメだよ。
こうじゃないと○○になってしまう。
はわかりやすいべきネバだけど、

普通は・・・・とか
みんなやってるし・・・
などで表現した時もべきネバに支配されてる状態です。

これらは、あなたの考えではありません。
誰かの良かれですから、そこに執着しなくても大丈夫。


べきネバが出てきたときの魔法の言葉


もし、そんな考えが浮かんで、
目の前の誰かに怒りがわいたり、
不安になったりしたら、
自分に聞いてみてあげてください。

「それって本当??」

って。

それって本当??って魔法の言葉です。

べきやネバから離れられる、距離をとれる魔法の言葉です。

こう信じてきたけど、
こう思ってきたけど、
「それって本当??」
「ぜったいにほんとう??」
「ほんとうにほんとうなの??」

そう自分に聞いてみると、
たいていは、本当じゃない。という考えに行きつきます。

それを拠りどころにしていただけ。
何も考えずにそれを信じていただけ。
信じざる負えない自分がいただけ。

そう気が付いたら、
じゃあ、どうするか??
あなた自身が選択していいのです。
選択できるのです。

そうして、自分で選ぶことを選択したら、
「べき」「ねば」から完全に離れた状態です。


それでも、手放せない、気が付けない、
気づくのが怖い。
認めるのが怖い。
そもそもそこにフォーカスできない。

そんな時はセラピストを頼ってください。

そこに、あなたのインナーチャイルドの痛みがあります。
本来の自分と違う自分を選択するしかなかった
そんな理由や、あなたの大切な思いがそこに潜んでいます。

その自分と出会ってみてください。
今まで、手放せなかったものが手放せるようになるかもしれません。

そしてなにより、軽やかな自分になって、
お子さんを見てみると、
今まで問題だったことが、問題じゃなくなっているかもしれません。




こんな風に、自分の中に今、何が起きているのかを知ってあげること。
わかってあげることはとても大切なことです。

それこそが、お母さんの安心や癒しを得られるからです。

でも、一人でやるのはとても怖いことでもあります。

そんなときは、その気持ちを私宛に送ってください。

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■笠原雅子
ゲシュタルト療法学会会員

ゲシュタルト療法ベーシックコース終了
ゲシュタルト療法アドバンスコース受講中
親子ビリーフリセット初級講座終了
問題解決セラピスト養成講座終了
ポリベーガル理論入門講座終了 
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そして、「べきねば」は頭で分かっているものと、
まったく自分では気が付かないものと2種類あります。

例えば、「学校へは行かねばならぬ。」
は、不登校のお子さんをお持ちの方は


学校へ行けたとか、行けないとか、
その表面的なところよりも、
もう少し奥にある物事を見る視点を養って行けたら、
不登校という現象も、もっと軽やかにとらえることが出来ます。

それには、まず、お母さんが癒されること。

お母さんが自分自身を整えることが先決です。

良いこと、悪いことという2言論の世界で見てしまう原因の一つは、
価値観の鵜呑みです。

心理学用語ではビリーフといったりもしますが、
要するに、「べきねば」をいっぱい持っているということです。

学校へは行くものだ。
学校へ行かないと将来大変なことになる。
勉強ができないと苦労する。
人とうまくコミュニケーションが取れなければ、嫌われる。
などなど、

今まで生きてきた中で、
知らず知らずのうちに私たちはいろいろな価値観を獲得しています。

大抵こういう言葉を










でも、もし、行けたのになぜだか安心できない。
とか、
行けなかったことにネガティブな気持ちがわいていて、
押しつぶされそうになっているとか、

そんなママへ、居は

そんなママへ、今日はお話をしたいと思います。

子供の状態で一喜一憂してしまうのは
これは親として、当たり前の感情なのでいいのですが、
問題はそれで苦しくなってしまうこと。

行けたから、良い。とか、
行けなかったから悪い。とかの
表面的な部分でお子さんを見てしまうと、
途端に苦しくなってしまいます。

なぜなら、その裏には、
行けることはいいこと。
行けないことは悪いこと。
という思い込みがあるからです。

思い込みとは、心理学用語でビリーフと言ったりしますが、
私たちは、様々なビリーフを持っているのです。

それは、今まで生きてきたなかで知らず知らずのうちに
獲得してきたもので、その多くは自分では気が付いていません。

気が付かないうちに、それが正しいことだと思って
信じているのです。

それは、親の言った言葉だったり、社会の常識だったり、
もっと広く言うと、人類の共通意識だったりします。





学校へ行けたとか、行けないとか、
その状況だけを見ていろいろな判断をしようとすると
どうしても苦しくなってしまいますよね。

心の中では、学校へ行けなくてもいいとわかっているのに、
行かなくてもいいよと言ってあげているのに、
心の中はざわざわするし、
実際いつまでも動けないでいる子供を見ていると
ほんとうにんだいじょうぶなの


きっと、それぞれ今必要なことが起きているんだろうなと思います。

学校へ行けたことも、行けないことも、
今その子に必要な事。

だから、
行けたからいいとか
行けないからダメとか、

そういう視点ではなくて、
もうちょっと違う視点で物事を見てみるといいかもしれません。

とは言っても、
なかなか違うし視点を持つのは大変なこと。
むしろ、それが出来たら、もう、問題は解決したも同然かもしれません。

なぜかというと、
人はこれしかダメだという選択しが


そして、まず見るのはお子さんではなくてご自分の気持ち。

今、目も前のお子さんを見て、どんなことを思っているか?
が大切です。

学校へ行けたら安心で、
行けなかったら心配。

と、2言論で考えてしまうのは、
あなたが、こうあるべきという
正しさで物事を判断しているということです。

私たちは、いきてくる中で、
様々な価値観や思い込みを獲得してきています。

それらは、たいてい、他人の良かれでできていて、



そのほとんどは、常識や、


私もかつては、学校へ行けない娘を見て、
イライラが止まりませんでした。

学校へ入るだけで何時間もかかってしまう娘。

もう付き合っていられないと、キレてしまい、
そんな自分に嫌気がさして、
またイライラ。

頭ではわかっていても、心が追い付かないでいました。



そんなこともありました。




とにかく学校へ行ってほしい。
学校へ行ければ、安心だ。
なんとかなる。

そう思えたのもつかの間、
学校へ行って帰ってきた娘は、ますます疲弊して、
疲れ果てて帰ってきて、
学校へ行く前よりも状況が悪くなってしまっている。

なんてこともありました。

一日頑張って学校へ行っても、
それは一日だけのこと。

いつまでも続くものではない場合もあります。

もちろん、そうではないお子さんはそれでいいと思いますが、

学校へ行くことだけを目標にしてしまうと
それの繰り返し。

永遠にそのるーーぷから抜け出せなくなってしまうかもしれないという
恐怖に駆られてしまいますよね。


そんな時、やるべきことはただ一つ。

やっぱりお母さんの気持ちを整えることなんです。

先ほどもお話ししたように、
良いか悪いかの2言論だけで物事を見てしまうと、
とたんに行き詰ってしまうのですが、

そこから抜け出すのはどうしたらいいかというと、
べきネバを手放していくことです。

このべきネバというのは、実は私たちが後天的に獲得した
概念です。

大抵は、親や、学校や、社会という、
私たちを取り巻く環境が影響しています。

いわゆる、社会の常識だったり、規範といわれるものを
私たちは正しいと思っってうのみにしてしまいます。






学校へ行けたから、良し。
行けなかったから、ダメ。

と、今起こっている物事を良いとか悪いとかの
いわゆる二元論で評価してしまうと、
途端に苦しくなってしまいます。

だって、良いか悪いかの2択しかないから。


いま、目の前のお子さんの目に見える部分だけに焦点を当ててみると、

学校へ行けたか、いけないかの2点だけになってしまうけど、

だけど、本当は私たちの人生は無限に選択肢があるはずです。


私たちは、生きてきた中で、
様々な価値観を知らず知らずのうちに獲得して、
それを基準に生きています。

それは思いに、親からの教えられたものだったり、
学校へ行って






学校へ行っても行かなくてもいいと
頭ではわかっているのに、
なぜかモヤモヤしている、、、

行くと言ったのにいくkはいがない




学校へ行けた子、行けなかった子、
行かないと決めた子、

それぞれに色んな朝があって、
いろんなことが起きている。

きっと、それぞれに今必要なことが起こったのだろうな。
そう思います。

目の前で起きていることは全てに意味があって、
起こるべくして起こっている。

だから、今ある状況をただ出来事のままに見ることが
出来たら心はずいぶんと軽くなります。

起こった出来事に意味をつけているのは見ているその人なので、
本当は起きている出来事に意味はないのです。

とはいっても、目の前の出来事に
どうしても心を乱されてしまいますよね。

同然です。


かくいう私も、今日は娘の始業式だったのですが、
いろいろ心を揺れ動かされている自分がいました。

わたしはもう、学校へは行っても行かなくてもいい。
と思えているので、
今日の始業式も別に何とも思っていないつもりでした。

宿題も、やってもやらなくてもいい。
それは、娘が決めることだと思っているので、
基本放置。

それでも、宿題が終わらないとわめいている娘に
心がざわついたりはしてますが・・・笑

そこは、そういう自分を、
そうなんだね~と自分を俯瞰して
みることが出来るようになっています。


ところが、今朝、娘がてんかんの発作を起こしました。

娘は数年前からてんかんの発作が出るようになっていて、
朝早く起きたとき、
プレッシャーがかかっているとき、
寝不足の時、
心配事があるとき、
などなど、
どうやら体と心に負担がかかているときになる模様。

はっきりとしたことはわかりません。
今までのパターンを見て推測しているんだけなので。







朝が弱い娘は、





ところが、娘が昨日の晩から
翌日の学校の準備を始めて、
あれ

人が心を乱される一つの要因に思い込みというものがあります。

心理用語ではビリーフと言ったりしますが、
自分が生きてきた中で身に着けてきた思い込みや、
正しいと信じている考え方のことです。


例えば、学校へは必ず行かなければならぬ。
という思い込みを持っていると、




そもそも学校へは、
行っても行かなくてもいいと私個人は思っています。

大事なのは、行くのか行かないのかを
子供自身が決められるようになること。

子供本人が、自分の気持ちを素直に表現できることが
とても大切かなと思っています。

そして、そのように自分自身で選択していくことを
親自身が、見守り、


行くのか、行かないのか、

かくいう私も、
4年間不登校ののち、学校へ復帰して、
今年から高校へ通いだした娘の始業式でした。

昔のように、学校へ行けるかどうか不安な事は
今はもうないのですが、
娘はてんかんの持病を持っていて、
緊張やプレッシャーがマックスになると(多分)
全身痙攣の発作が出て倒れてしまいます。

すると、その後はたいていほぼ一日中眠りに入って
しまうので、その日に何か出かける予定があっても、
大切な用事があっても、出かけられなくなってしまいます。

てんかんは脳波の乱れと関係あるらしく、
本人はてんかんで倒れたこともまったく覚えていないし、
ただ残っているのは、全身の倦怠感と、頭痛だけという感じ。

直後は意識ももうろうとして、ろれつも回らなくなっていたりします。

そんな発作はいつ起きるのか全く見当がつかず、
実際は、病院でも原因はわからず、
先ほど、”緊張やプレッシャーがマックスになると起こる”
といったのは、ただただそうなのではないか?
という今までのパターンからの憶測です。


今までも、入学試験の当日の朝とか、
友達と出かける日の朝とか、
本人にしてみればプレッシャーのかかる日にの朝に
発作で倒れる。

大抵はそのあとは眠りに入ってしまうので、
出かけることはないのですが、
入学式の朝だけは




今日は娘の始業式。
2学期の始まりの日です。

彼女はもう不登校を悪いことだとは思っていません。
宿題も、やるかやらないか自分で決めることが出来ています。
ずいぶん迷ったり、怖がったりしながらですけど。笑
でも最後は自分で決断する。

そんな彼女は「てんかん」という持病を持っています。

月に数回、突然全身の痙攣とともに倒れてしまいます。
痙攣の後は意識がもうろうとし、眠ってしまいます。
大抵はその日一日はほとんど眠った状態になります。
痙攣で倒れると意識が飛んでしまうらしく、
倒れたことすらわかっていません。
ただ、全身の痙攣で、口の中を噛んでしまったり、
体を硬直させたせいで、筋肉痛になったりします。

てんかんは脳波の乱れによるものだとお医者さんに言われました。
だからか、痙攣後は、意識がもうろうとしていて、
ろれつが回らなかったり、頭痛に悩まされたりします。





4年間の不登校を乗り越えて、自ら学校へ戻ることを決意した彼女は、
ちょうど去年の今日は大きな決意と緊張とともにこの日を迎えていたな。




4年間不登校だった娘は中3の2学期から学校へ行く決意をして
高校受験を乗り越えて、今年高校生になりました。

不登校の間はほとんど学校に行くことはなく、
ほとんど家で過ごしていて、気が向けばフリースクールへ。

そんな彼女が、学校へ行く


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