鏑木蓮さんの「見えない鎖」を読みました。

終始ある女子短大生の目からみた世界を描いていました。
自分とは違う立場の人から見た世界を理解できるのか?という疑問が頭をよぎりながら、それでも読み進めが容易だったのは、人間同士通じる感情がクローズアップされ続けていたからだと思います。

不幸な身の上・・・というと幅が広すぎますが、家族の崩壊によって幼い頃に母と別れ、大人の入り口で父と死別する・・・・。
原因はさておき、誰の身にも起こりうる別れ・・・・。

誰しも一人では生きていけないのは当たり前で、多くは自分が選択した社会関係のなかで生きている。
今回は父の周囲の人たちと父の死にかかわった人たちの運命と人間関係が題材となっている。

多くの選択の結果、望まない結果がもたらされるのは、自分だけではなく多くの人が同じ。
選びたくない道、望まない結果の連続にうちひしがれながら、それでも希望を失わないのは、かかわった人たちの幾人かが、お互いに気持ちの上で支え合っているからに他ならないと思います。

自分を好いてくれる人、自分に良くしてくれる人が、2.3人もいればきっと生きていける。
けれど、自分を突き詰めることを忘れてはいけない。
このミステリー小説は人の温かさと、人に接した時に生まれる業と、そして思うようにならない幸福への道が淡々と描写されている感じがします。

コントロールすることの難しい感情の数々が複雑に絡み合って業を成す・・・・。
とすれば、業とは人間の存在自体が作り出す運命のようなものかもしれません。
主人公が一人の短大生としてではなく、自分と同じ人として、時代は違えど同じような感情や思考の連鎖の中にいて、もがき苦しむ姿に深い共感を覚えたのでした。

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