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三重県立美術館「開館40周年記念 いわさきちひろ展―中谷泰を師として」

 今は、これまでに行った美術館について書いていますが、やはりこうした美術館レビューは、企画展の初日とか、早い段階で足を運んで、「お勧めですよ、皆さんもどうぞ」、というのが親切なのであって、私のように、すでに終わってしまった企画展について紹介したとて、「今さらどうしょもないやないか、体験自慢か?」とツッコまれても仕方のない一人よがり、あるいは単なる備忘録としか言いようがなく、実用性に乏しいのは否定できません。
 正直に申し上げて、仕事のブラックな忙しさなどから、最近は美術館に足を運べておらず、訪問記も、過去の記録に頼らざるを得ないのが現状ですが、何とか状況を改善し、リアルタイムの企画展について綴ってみたいと思っています。

 さて、昨年夏に三重県立美術館で開催されていたいわさきちひろ展です。大盛況でした。大人も子どもも、いわさきちひろの絵心を前に楽しんでいました。ちひろの水彩的な色彩と音をコラボレーションさせた、子どもたちが体を動かせるデジタルな企画もあり、その躍動、その楽し気な声そのものも、現代的な芸術といって差し支えなく、実にいわさきちひろという画家の本質に迫った展覧会でした。

 芸術の”主戦場”とは言い難い、商業的な仕事が、ちひろの気迫のこもった真剣な取り組みによって、真の芸術となってゆく。彼女の生活、彼女の闘争、その一歩一歩が、歴史的な偉業となってゆく。覚悟を決めた人間の強さ。
 職業の決定において覚悟を決められなかった私に、いわさきちひろを論ずる資格などないよな…、と思えてきます。

 いわさきちひろ、一回目の結婚のすれ違い。
 確かにちひろはかわいそうだったと思いますが、同じようにかわいそうな夫は、自殺してしまいました。
 ちひろが押し通した我意、現代的な個人主義に思いを馳せずにいられません。
 ちひろの望まぬ結婚生活のパートナーとなってしまった夫は、しかし、前近代的な価値観を振りかざして、ちひろの人間としての魂までもは殺さなかった。決して体を許さなかったちひろを、無理やりに組み伏せたりはしなかった。それは、単なる人生のあやなのか、それとも夫の優しさだったのか…。
 
 二回目の結婚は、ちひろにとって意を得たものとなったようでした。
 「芸術家としての妻の立場を尊重すること」
 二番目の夫となる松本善明と交わした約束の条項の一つですが、非凡なものがあると思えます。
 東京大学法学部を卒業し、法曹の道を志す前途洋々たる23歳の青年が、7つも年上の、離婚歴のある、気の強い、独立した、「芸術家」などという得体のしれない肩書きの女性と結婚することになった…。日本の家父長制的・封建主義的な価値観を引きずっていたであろう松本善明の両親の嘆く気持ちが、手に取るように推察できます。
 しかし、ちひろと善明は二人、先進的で、真に民主的な思想を持ち、現代的に愛を結び合わせ、自立した結婚を成し遂げました。すごいと思います。

 幼い息子の猛を両親にあずけていたちひろ。猛に会うときに溢れる愛しさは、真に迫っています。

 天性と言いたくなる、柔らかい色遣い、表現のたおやかさ、人物たちの表情のすばらしさ。
 「母親」となった人たちの、愛に満ちた表情の魅力。
 東京と、長野県・安曇野にあるちひろ美術館にも、いつか足を運びたいと願っています。

三重県立美術館(←情報はこちら)
 三重県津市の、閑静な住宅街の端に建つ美術館。常設展示は、慌ただしくて見られませんでした…。

                       (2022年8月訪問)

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