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過去に囚われる女の話①


 物心ついた頃から私は、青森にある母方の祖父母の家に兄と預けられていた。母曰く少しの間だけだったと言っていたが
まだ物心がついたばかりの私にはもう何年も母と会えていない感覚であった。


今回の話は、私が青森の祖父母の家に預けられていた時の話。今思うとトラウマかもしれない。

当時の私は母方の実家にしか行った事がなく、「おばあちゃんの家🟰青森」だった。
(ちなみに父方の実家は山口県で、大人になってから20年以上ぶりにお邪魔した。)

当時は思っていなかったと思うけど、私は青森の親戚が好きじゃ無い。なぜならみんな捻くれているから。
軽くご紹介しよう。

叔父、母の弟だ。
叔父は鳶職をしているようだが常に部屋に篭っていて
姪っ子甥っ子の私がきてもちょこっと顔を出すだけで
いまだにろくに話した事がない。少し怖いと思っていた。
(大人になってから思うけど、30過ぎの男が実家住みで部屋に引きこもりゲーム三昧って怖すぎる。)
もうその家に行くことはないだろうけど、どんな人間なのかまったくわからないままだった。

つぎに祖父。
祖父はいつもニコニコしてきて好きだった記憶はある。
コタツから一生動かないおじいさんだった。
けど認知症を患ってから一度会ったが、私のことをわからなくなっていた。少しだけショックだった。その時私は高校生くらいだったかな。昔に比べて青森には来ていなかったし、母の方がもっと悲しいだろうからと考えていた。
祖父は昨年亡くなった。亡くなった数日後に父からの連絡で知った。お葬式は呼ばれなかった。(その話はまたいつか)

そして祖母
祖母はよく喋りよく動きよく笑う、どこにでもいるようなおばあちゃんだった。今思うと顔が母とそっくりだった気がする。
いろんなところに連れて行ってくれたし、いっぱいご飯を食べさせてくれた。好きだった。中学生まで。
片付けがおそらく苦手で、祖母の生活エリアの台所はゴミ屋敷のようだった。寝室も埃がすごくて、ハウスダストアレルギーの私はひどい咳で眠れなかった。



祖父母は当時働いていたため仕事の間、本当に不思議なことに、私はさらに親戚のお婆さんの息子夫婦の所へ預けられた。私には一つ上の兄がいるが、兄は何故か保育園に通わせて貰えていた。不思議だ。

息子夫婦には娘がいて、まだ幼い私よりもっと幼かった。ほぼ赤ん坊だ。(関係的にははとこになる)
そんな最高にアウェーな状況でのびのびと遊べるほど、私は無邪気な子供じゃなかった。
もともと人見知りが激しく大人しいタイプの子供だったから。当時の私はおそらく3〜4歳だったと思う。

安定に親戚の家に預けられたその日、はとこ(赤ん坊)の部屋にあんぱんマンの遊具があった。
(なんか滑り台とかついてて豪華なやつ)

祖父母の家にはそんなものはなく、ましてやこの親戚夫婦は私を外で遊ばせてくれなかったから
私はどうしても、どーーーーしてもそれで遊びたかった。私は勇気を出して「あれで遊んでも良い?」と息子夫婦の嫁に聞いた。

「あれは、はとこちゃんのだから使っちゃダメなんだよ」

私はその時とても悲しくて、何より恥ずかしくなったのを覚えてる。
私はもともとあまり要求をする子供じゃなかったと自覚してる。実際は要求をしないのではなく、「できない」子だった。
人の顔色をずっと疑い、本当に欲しいものが言えない性格だった。

だから私は、渾身の勇気を振り絞って出した要求を却下され、「はとこちゃんのもの」という言葉にものすごく傷ついた。

確かにこの夫婦は私の面倒を見てくれているけど、この人たちが私を可愛がる義理はない。
いまここに、私の母がいれば違っただろうか。そんなことを考えていた。

母を恋しんで泣いた時もあった。安定の親戚夫婦に預けられた夕方頃、私は「お母さんに会いたい」と大きな声で泣いた。それはそれは子供らしく泣いていた。「ママにあいた〜〜〜い」なんてよくあるセリフ。
すると私とは全く話さない居間にいた旦那が「うるせぇ!!」と怒鳴った。

私はショックを受けて、その家では二度と泣かなくなったし、要求もしなくなった。

中学生の頃、初めてひとりで青森の家へ行った。
その時は初めての一人旅でルンルンで楽しみだったのと、学校での友人関係に疲れて遠くに逃げたいという気持ちもあった。

そして数日間祖父母の家でお世話になり気づいた。
「人間はみんな一緒なんだ」と。

私が目にしたのは人の悪口のオンパレード。
まぁさすが田舎って感じだけど。

「○○さんのとこの嫁は土産が無かった」
「○○さんの旦那はろくな男じゃない」

そんな話を孫の私の前で1時間も2時間も続けている様を見て、私は「こんな遠くの地に来ても、年をとっても、人は人を貶し生きていくのか」と絶望した。

中学ではまわりのいじめやらカーストやらが嫌で青森にヒーリング旅行に来たのに、ここでも悪口大会。中年女性が寄って集って悪口大会。
私は中学生にして人間の愚かさに悟りを開いた。


つづく

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