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『バイト先の休憩室にいつもいる人』

20240922


 バイト先の休憩室にいつもいる人は昨日もいた。

 僕のバイト先の休憩室は、いくつかのお店と共同の長机と椅子7席くらいしかない小さな部屋だ。

バイトの休憩時間にご飯を食べたりスマホをいじったり、うつ伏せになって寝たりと過ごし方は人それぞれで、誰かが誰かと話している瞬間は無く、いつ行っても静かな空間がそこにはある。


 そこに必ずと言っていいほどいつもいる人がいる。

自分と同じバイト先ではないことは明らかなのだが、どこのお店で働いている人なのか全くわからない。

その人は、入口の目の前の席によく座っていて、常に何かしら飲み物をたくさん飲んでいる。

飲み物を飲むくらい誰にでもあることなのだけれど、その飲み物の統一性が全くないことが特徴の一つだ。

缶コーヒーを飲んでいることもあれば、三ツ矢サイダーを飲んでいることもあり、爽健美茶を飲んでいることもあれば、紙パックの豆乳を飲んでいることもある。この間はサントリー天然水の「きりっと果実」を飲んでビタミンを摂取しているようだった。

 僕はその人のことを勝手に「水分バラエティ」と呼ぶことにした。

 見た目はおそらく60代くらいの男性で、僕は土日の昼間の時間帯に休憩を取ることが多いのだが、その時は必ずいる。同じバイト先の人に聞いてみたところ、あまり意識してほかの人を見ていないらしく、曖昧な返事しか返ってこなかった。


もしかしたら自分にしか見えていない可能性が残る中、「水分バラエティ」が一度だけ何も飲んでいない日があった。

 その日はパソコンを広げて作業をしており、その横には『水分の摂りすぎが病気を作る』という本が置いてあった。

自覚していた。

自分が水分を摂りすぎている可能性をちゃんと意識していたのだ。「水分バラエティ」がパソコンでどんな作業をしていたかは分からないけれど、自分の体と水分について学びを深めようとしていたことは確かだ。


 ただ、その日はとても暑い日で水分を全く摂らないことは良くないと思い、僕はその人にペットボトルの水をこっそり机に置いて「よかったら」と言った。

僕はその時初めて「水分バラエティ」の顔を見た。

完全に、トミー・リー・ジョーンズだった。

そう、缶コーヒーBOSSのCMに必ず出ているあの有名な俳優だ。


僕は彼がコーヒー以外のものを飲んでいるところを目撃してしまっていたことに少し後ろめたさを覚えた。彼はきっと、缶コーヒー以外の飲み物を積極的に飲んでいるところを見られたくなかったはずだ。

「どこで働いているんですか?」と聞いたら、「自動販売機の補充のバイトです」と言った。「仕事内容もちゃんと水分バラエティなんですね」と言うと、よくわからないという顔をしながら僕があげた水を貰ったものだから仕方なく飲むといった感じで、飲み続けていた。

 初対面にしては少し冷たかったけれど、きっと日々の仕事に疲れているのだと思うことにした。



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