この街最高!(詩)

 東京のはずれの街、敢えて言うまでもなく寂れて、老人か学生か、人生を折り返した顔をした人間だけが行き交う街に彼は住んでいる。
 私は東京の西側に住んでおり、彼は東の果て。電車で1時間ほどかかる距離である。
「〇〇さん、僕仕事中だけどよくわからないビデオ見てるだけの日だからドンキホーテでもいく?」
「なに、ドンキで女装用の服買うの?」
「それかウィッグか、あと2時間ぐらい仕事しなくて良いし」
彼は在宅勤務で営業の仕事をしており、日がな家で電話をかけ続けるのである。今日は社内の特報のような映像をひたすらみるだけの業務だからと私たちは彼の家に陣取ってお酒を飲んでいる。
「じゃあメイド服にしようよ。〇〇のメイド姿見たい。」
そう言った彼女は私の職場にほんの少しの期間在籍していた娘であり、最近私と彼との3人でよくつるんで遊んでいるのである。人を選ぶクセに人といたいという点で我々は似通っており、特に彼と彼女は極端に寂しがる。最初は私と家主である彼が可愛い可愛いと囃し立て、事あるごとにに彼女を呼び出そうとしていたのだが、今では我々の方が彼女に振り回されている気さえする。彼女は無限に寂しいと言い、そしてほとんどの人間はつまらないと断言するのである。
 今日は私が「女装をしてみる」ということを言い出し3人は集まった。彼女はメイクなら任せてと一式の道具を持って彼の家に乗り込み、今や我が家のようにくつろいでいる。今朝大阪から帰ってきたばかりだと言うのに気だるそうな顔をしながらもしっかりと1番に彼の家にたどり着いたのである。彼女の母親は呆れ顔で「あんたの行動力はおかしい、イカれてる。夜行バス日帰りで大阪にいってそのまま友達の家にいくなんて。」と告げたそうだ。
「よし、じゃあちょっと散歩がてらドンキ行ってみますか!」
 私たち3人はのんびりとしているはずであるが、何か平和ではない空気の街に繰り出す。彼女は古着屋の店員のような服装、彼は鼻にピアスを開けて刈り上げの髪に少し洒落たクリーム色のスウェットとパンツ。私は平均的ではあるが、オカルトイベントで購入したフリーメイソンの目がついたキャップを被っている。なんともチグハグであるが、妙に調和のとれた構図に私は2000年代邦画のフィルムの粒子を思い浮かべる。じいさんが壁に立ちションしているしょうもない街に、妙にカルチャーを背負った行き場のない3人とはまったく、駆け出しの映画監督が低予算で考えそうな情景である。
 私たちは随分遠くまで歩いて熟考の末、「プリティメイド」と銘打たれたコスプレ衣装を購入。私がそれを大事に胸に抱える。すれ違う初老の男は2リットルパックの酒を私とまったく同じ様子で大事そうに抱えており、私たち3人は顔を見合わせ、きっと誰にも説明できない可笑しさを噛み殺したりする。
 ボロボロの焼き鳥屋で串を持ち帰りし、食べ歩きながら彼女はいう。
 「あー、うける!やっぱこの街最高だよー!大阪なんか全然つまんなかった!この街が一番!」
この街の住人が聞いたらきっと首を傾げるだろう。この街よりも大阪の方が良いに違いない。しかし彼女は眼を爛々と輝かせながら言うのである。私は彼女に初めて会った時、虐待児童のような眼をしているなあと言う印象を持っていた。大きな眼の焦点はどこにもあっていないが何処か一点を見つめている、そんな様子で、もっぱらこの娘と喋ることなど思いつかなかったのである。その印象と180度違う顔に少し驚いてもいるのだ。
 小さな地蔵堂をみつける。立て看板に由緒が書かれており、どうやら江戸の昔から信仰を集めているようだ。
お賽銭でもしようと思えば、賽銭箱がない。
(賽銭泥棒がたえないので撤去しました)
その張り紙を見て鼻ピアスの彼は「最低すぎるよこの街!」とゲラゲラと笑っている。私はそこに5円玉をひとつ置いて手を合わせる。そして、私はこれからメイクをしようと意気込んでいる。何もかもろくでもないような気がする。しかし、それを彼女も彼も喜んでいる。誰かが共有できるのであれば、きっとこの世界に価値のないものなどないのだ。世界に2人、それを同じ輝きで見られればきっと良いのである。他の誰かと共有できなければできないほどもしかしたら良いのかもしれない。言葉になるものは高が知れているのだ。そう思ってしまうことは病的なのだろうか。そんな疑念が少し浮かぶ。
 「あー、この街最高!」
彼女が歩きながらまた呟いた言葉に、言葉以上の何かを感じるのだ。

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