左遷

 極東随一と謳われし宇宙開発企業『YAMATО』において、窓際のお荷物である私は動かざること山の如し、辞めざること座布団運びの山田くんの如し、平社員ライフをことごとく謳歌している。
 無能であるがゆえろくな仕事をフラれず、成長とは無縁で、無為で、無常な時間を甘受していた。そんな生活に嫌気がさすどころか、砂糖水で出来た波を乗りこなす始末。そろそろ嫌気に刺されるというもの。
「このままで良いのか。このままでいいじゃない」
 そんな台詞が頭をよぎったとき、ボス(上司)からの呼び出しが告げられた。流石にクビか? 異動か? はたまた私の奥底に封印されし『素質』を見抜いて、ビッグプロジェクトの責任者に抜擢。バラ色の未来を想像する。
 空気の抜けたバスケットボールのような心持ちで、部長室に到着した。といってもガラス張りだが。
 座りなさいと言われるまでもなく、部長とテーブルを挟んで、膝に手を置きどっしりと座り込んだ。威厳でいえば、私に分がある。
「端的に言おう。左遷だ。何故なら、君があまりにあんまりで目にあまるため、この部署の総意として、今回の結論がなされた」
 端的であり、攻撃的である部長の言葉にひるむことなく質問で返す。
「何処へです。何処までもいきましょう」
「返事だけはいいね。ここだよ」
 部長がテーブルのスイッチを押すと、ある惑星の立体画像が表示された。
「この惑星はどこですか」
「名前はまだない。認識コード<0823ーKーX9>と呼ばれている、第三銀河系の最果てにある。心配しなくても、空気はあるし、重力も地球と変わらんぞ」
「それはそれは、で私は何をすれば」
「何もしなくてよい。正確には同行するアンドロイドや産業ロボット、ドローンの管理者として調査してくれればいい。だが、君が直接作業を行うわけでないし、作業計画はこちらが作成する」
「つまり、マンションの管理人のようなものですか?」
「出発日程もふくめ、詳しいことは君のデバイスに送ってあるから参照してくれ。以上だ」
 本当に以上であった。
 そして出発の日は光陰矢の如し、あっという間にやってきて、銀河の果てまでひとっ飛びである。大量の鉄くずたちとともに、星屑の海をゆく。

 それは美しい星だった。沖縄とアマゾンとパタヤビーチを詰め込んでシェイクしたような楽園であった。
 日光は穏やかであり、風は優しく、見知らぬ果物はことごとく安全であり、これは左遷というより栄転といってよいだろう。
 私はというと、調査・開発拠点である基地の建設がアンドロイドやロボットの手によって終了すると、自室にこもり、寝てはゲーム、読書、ロボット執事のつくる料理を堪能する日々。
 とはいえ、原生生物の、巨大な狼に太い角が生えた怪物はあまりに恐ろしい。獰猛にして凶暴、粗野にして非情なる眼をおおうばかりの残忍さであった。次々とアンドロイドが餌食になり、修理が間に合わない地獄の様相を呈してきていた。
 とはいえ、本社もそれは把握しており、応援である戦闘用アンドロイドや各種兵器を導入。なんとか制圧し、調査と開発業務を続行する。
 一年後。
 惑星全体の調査はほぼ終了し、各大陸の各地に開発拠点は完成、稼働、あとは本格的な入植民の受け入れを始めるのみ。さすれば私はお役御免。地球へ帰還となる。
 ここで、嫌な予感がよぎる。
「帰還した途端、クビになるのでは?」
 いまさら実家に帰るつもりはない。あってないものと心に決めた私にとって、奇跡的に今の会社に採用されたことは福音であり、現状の打破であった。ならばなぜ無能を極めたたのだと追及されても、返答はしかねる。
 かといって、路頭に迷うのは御免である。
 そして、閃く。それは天啓であった。
 入植民が大挙してやってくるのは、三カ月後。まだ時間はある。人生初の猛勉強を開始。私の奥底に封印されし『素質』は開花していく。
『この惑星の支配者になってしまえばいい。勿論、やってくる連中は、、』

 撃墜である。撃墜につぐ撃墜である。いまや万単位までアンドロイド軍を増強し、迎撃システムを構築。
 あまりの鉄壁さに恐れをなした本社連中は、入植民の入植を一端停止した。恐らく軍を投入してくるだろうが、こうなれば野となれ山となれ、最後の瞬間まで戦うのみである。
 思えば、少し辛いからといって、スイミングクラブを辞めた小学一年生。あのころからの逃げ癖が、私のぼんくら人生の礎となったに違いない。
 しかし今は違う。地球の連中からすれば、私は悪役(ヴィラン)であろう。大いに結構。私の意志を挫くことは、お天道様でも出来やしない。
「まて。すこしやりすぎた。調子にのりすぎた」
 人生にリセットボタンはない。嫌な寒気が私を襲う。
 その時。
 視界は歪み、気は遠くなり、耳はさらに遠くなり、ブラックアウトした。
 目覚めると、本社の研究施設であった。ヴァーチャルボックスから起き上がると、部長が見下げていた。その顔面は断崖絶壁のごとく、寒々しさを湛えている。
「あ、の、部長、、、」
「不合格。懲戒解雇。適性検査のために君を仮想現実の世界に送り込んだのだ。そして、あまりにもあんまりで目にあまる結果をだした。残念だ」
 

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