機械人形の顛末

 真っ二つ、というより強力な力で引き伸ばされたように、上半身から臓器が溢れ、鮮血の海に浸っている。
 下半身からは、白い背骨が顔をだしていた。対照的に両腕はサイボーグ化されており、これもまた、ハンマーのようなもので丹念に打ちつけられ、潰れたゴキブリのように粉砕されている。
 その周りを鑑識ドローンが丹念に、緑色のライトを照射し分析している。それらを三島は見下して、ドローンから上がってくる情報を手元のデバイスで確認し、署に連絡をいれた。
「――はい、そうです。被害者男性の体から採取した微量の樹脂片と塗料を分析した結果、エス社製のアンドロイドのものと――年式は2084年製、1万体製造されたうちの1体、若年女性型――」
 三島は判明している限りの事実を報告し終え、マンションのベランダにでる。目の前にロボット工場群が広がっている。
 漆黒の宵闇。光を浴びて輝く、複雑で幾何学的な構造をした巨大な建物が立ち並び、大きな煙突から立ち込める水蒸気が織りなす景色は、無機的な生命力にあふれていた。
 ベランダは特に乱れた様子はない。被害者男性の趣味だろうか、青いネモフィラがプランターに植えられ、整然と並んでいた。
『そうなんです。彼は夜の仕事をしていたので、毎日、夕方には挨拶をしてくれて。でも三日前から姿を見なくなって』
 管理人の高齢女性は顔を青くしながら、そう証言していた。
 三島は、監視カメラの映像から、犯人の目星をつけていた。
 それは、髪の長い、すらりとした長身の女だった。
 定期的にこのマンションに訪れており、調度、被害者の男性が姿を見せなくなった日にも、その姿が映っていた。事件が起きたと思われる時間以降、周辺地域のカメラにその長身の女の姿はなかった。
 その時、鑑識ドローンがやってきてバスルームまで誘導する。
 点検口のネジが外れている。
 パントリーにあった脚立を使い、点検口の蓋を外す。三島は鑑識ドローンとともに天井裏に侵入する。
 ゴトリ。と、物音がする。
 配管が張り巡らされた空間の奥に、緑色のライトを照射する。
 そこにいたのは、その、長身の女だった。下着姿で、所々、塗料が剥げて地金と樹脂が露出している。
「そこで何をしてる」
 無言を貫き、反応を拒んでいるようだ。
「黙ってちゃわからないだろう。まったく。エス社の2085年製、若年女性モデル、M型、製造番号はTM2085-K9-1022-XDだな?」
「いいか。君には殺人罪の容疑が掛かっている。詳しい話は署で――」
 長身の女は三島の言葉を無視し、素早く、点検口からジャンプした。虚をつかれた三島はその後を追う。
 長身の女はベランダまでやって来ると、パネルタイプの柵の手摺りに手をかけた。三島は羽交い締めにした。肘打ちを食らい転倒する三島の腹部に蹴りをいれ、馬乗りになり、首を絞める。
 銃に手を伸ばそうとするが、逆に奪われ、引き金が引かれた。弾丸が三島の右耳のすぐ横に着弾する。抵抗する最中、三島の右足がネモフィラのプランターのひとつを蹴飛ばす。
 その様子に気を取られ、一瞬、視線が外れた隙に長身の女を蹴り上げ、手錠、足枷を素早い手捌きで嵌めた。
 三島は銃を拾い、銃口を長身の女に向けた。
「すぐに応援が来る。大人しくしてくれ」
 長身の女は観念したのか微動だにせず、青いネモフィラを見やる。
 深呼吸して、口を開いた。
「ネモフィラの花言葉の[あなたを許す]は、ギリシア神話が由来になってるの。その昔、ある男性がネモフィラという女性に恋をしました。彼はどうしても彼女と結婚したいと思い、『彼女と結婚できるなら死んでもいい』と神に誓った。すると、神はその願いを聞き入れ、2人は結ばれたけど、その途端に男性は死んでしまった。一人取り残されたネモフィラは、男性を追って冥界の門までいったけど、冥界は死者しか行くことが出来ないから、夫に会えない。泣き続けるネモフィラを憐れに思った神プルトンは、彼女の姿を一輪の青い花に変えたの。この悲恋の物語から[あなたを許す]って、花言葉が生まれたのよ」
 長身の女性型アンドロイドの顔を横には、ネモフィラの青い花が微かに揺れていた。
 しばらくして、応援のパトカーがベランダに横づけすると、三島は後部座席に女性アンドロイドを運び入れた。
 運転席のロボットが操作パネルのボタンを押すと、ベルトが四方から飛び出し、さらに厳重に女性型アンドロイドを拘束した。
 パトカーは深更に至り、静寂が支配する空を飛び、警察署を目指す。
 その間も[彼女]は大人しく拘束され、その横顔は凍り付いたようだ。
三島は、彼女に一瞥すると、
「署に着いたら、記憶ユニットを調べるだけだ。直ぐに留置場でゆっくりできるからな」
「人間を信じたのが馬鹿だった――私、廃棄処分でしょう? お巡りさん」
 三島は眼下のロボット工場群の煌々とした輝き、前方の巨大なビルが並ぶ都市部の、その向こうの夜空を見た。
「勿論だ。2091年の今は、アンドロイド自体が違法だからな。そもそも、発見次第、回収される存在だ――」
 三島は、ひと呼吸置いて、つづけた。
「死ぬときは、破壊されるときは、苦痛はない。それは確かだ」
 その時、彼女の頬を涙が一筋、ゆっくりと伝う。
 パトカーは、眠らない都市の喧騒に消えた。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?