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青い鳥のロベール・ソース煮

 我が庭の非時香果ことネーブルの樹が芳しい季節を迎えた。緑濃い葉に白い花、そして揚羽蝶。蛹で冬を越し、羽化したのが盛んに卵を産み付けているが諾とする。ネーブルの栽培農家ではないので駆除するには及ばない。常世の情景を楽しむことができればそれで満足だ。しかもその花の香り高さよ。  たっぷりのテ・オ・レと唐菓子で休日の遅い朝を満喫する。朝が遅いのは寝坊したからではなく、しばしベッドで『ホスローとシーリーン』を読んだ後、唐菓子を作っていたからだ。その昔、遣唐使たちが大東帝国の都長安で

    • 美し時

      『宇宙戦艦ヤマト2199』という素晴らしいアニメーション作品の、本編終了後の世界に想いを巡らせているうちに、頭の中で形を成したものが当作品です。  戦争は、交戦中よりも戦後処理の方が何倍も困難であるといいます。その困難をささやかな一個人である若き戦術長の心情に仮託して書いてみました。  原作の設定等と異なる点があるとしたら、それは筆者の理解力の乏しさによるものであって、原作への敬意の乏しさによるものではありません。また、筆者の原作に対する距離の取り方から言えば、当作品は二次創

      • 青虫事件

         ある一冊の薄い本との出会いからこの小品が生まれました。その本は井上雄彦原作の『slam dunk』の同人誌でした。その頃はまだ井上雄彦先生も『slam dunk』も同人誌も如何なるものかは知りませんでしたが、その薄い本の中に描かれている、思わず微笑んでしまうような明るく穏やかでたわいない世界は、今に至るまで筆者の宝物の一つとなっています。  この小品は、その薄い本に捧げる筆者のオマージュです。    染井吉野が散り透くと、街に若葉の大群が押し寄せて来た。  白い蝶が飛び

        • 西北辺境異類婚姻譚始末 【後編】

          第三段  森や林が黄金色に輝く季節は短い。乾燥なった穀物は倉に納められ、向こう一年の人々の命をつなぐ糧となる。熟し切って自然に枝から離れた林檎の実は、晩秋の冷気に晒されて更に甘さを増す。雪が降り始めると、潰されて絞られ、樽の中で醸されてゆく。橅や楢の森で樹々の落とした堅果を食べて肥え太った豚は、屠られて塩漬けにされたり燻されるなどして冬の間の人々の体を養い支える。樹々を飾る黄金色の葉がすべて枝を離れる頃、半島に新年が訪れる。他国での十一月の一日に当たる。  大晦日が近づくと、

        青い鳥のロベール・ソース煮

          西北辺境異類婚姻譚始末 【前編】

          第一段  潮の香りが漂う窓辺で年の離れた女が二人、見るからに質の良い亜麻布に刺繍を施していた。二人のうち、若年の方はこの土地を治める辺境伯の娘で十四歳になるダユー、年配の方はダユーの侍女で乳母でもあるアインダール。  針仕事に倦んだダユーは手を止め、窓の外に目を遣った。そこには彼女と父エベルの目の色さながらの海が広がり、はるか沖で空と交わっていた。荒れやすい海も今日は凪ぎ、夏の終わりの陽射しを浴びた海面は、どこまでも穏やかである。数艘の舟が網を打つ上には、海鳥の群れが風に代わ

          西北辺境異類婚姻譚始末 【前編】

          花茨作品集

          はじめに 扁桃体と方向定位連合野を鎮めるようなものを書いていきたいと思っています。 下線部をクリックすると作品ページへ移動します 西北辺境異類婚姻譚始末【前編】 西北辺境異類婚姻譚始末【後編】 青虫事件 美し時 青い鳥のロベール・ソース煮

          花茨作品集