【映像シナリオ・1シークエンス】見上げた空に

【登場人物】
比嘉美雪(17) 高校二年生
本多海人《かいと》(19) 天使
テレビのアナウンサー(26) 画面の中
テレビのアナウンサー(28) 声のみ
男子生徒A
女子生徒B

①マンション・比嘉家・LDK(朝)
広めの部屋。本やCDが乱雑に置かれ ている。制服姿の比嘉美雪(17)、ダイニングテーブルの上の灰皿をうんざりし た顔でゴミ箱に捨て、紙類などを横によけ、わずかなスペースを作り、焼い たトーストを置く。リビングの50インチのテレビは朝の 情報番組を流している。冷蔵庫から牛乳とラップをした半分開 いた缶詰を取り出し、テーブルに置く。缶詰のスパムをトーストにのせ、テレビを観ながら食べ始める美雪。テレビ画面は大雪の中、マイクを握るアナウンサーが映っている。

テレビの声「記録的な大雪に見舞われ……」

美雪、リモコンでチャンネルを変える。

テレビの声「辺野古からのリポートです」

画面に映る、基地移転に反対する柵のリボンが風に吹かれている様子を見入る美雪。パックのままの牛乳でパンを口に流し込み、食べ終えると、急いで学校へ行く支度をする。牛乳と缶詰を 冷蔵庫に戻し、皿を台所のシンクへ置 く。洗われていない食器がいくつかあ る中で、2客のグラス、一方には口紅がついているのを見た美雪、

美雪「(沖縄の方言で。以下美雪のセリフは同方言)また来てる……」

と、眉間に皺を寄せる。
 
②同・同・玄関(朝)
鞄を手にして靴を履こうとした美雪、カーキ色のハイヒールを見て、後ろを振り向き、閉じられている部屋のドアをきつい表情で見て、舌打ちをする。玄関から外に出る際、そのハイヒールを思いっきり踏みつける美雪。
 
③同・エントランスホール(朝)
エレベーターから降りた美雪、エントランスホールの自動扉から外へ出る。
 
④同・外(朝)
マンションから道路へ出た美雪、立ち止まって靴裏を見る。犬の糞がべっとりついている。嫌な顔をして辺りを見 回す美雪、道路の向かい側に野球帽を被った男性が犬を散歩させているのが 見える。咄嗟に道路を渡ろうとする美 雪の前にオートバイが飛び出てくる。
 
⑤沖縄市・コザ周辺の街並・俯瞰(朝)
街並みに美雪の声が被る。

美雪の声「キャーッ!」
 
⑥マンション・外(朝)
横転しているバイクの横で倒れている美雪を心配そうに覗き込む本多海人(19)、

本多「だ、だいじょうぶ?」

ぱちりと目を開ける美雪、本多と目が遭い、不審な顔で、

美雪「まだ生きてる?」

首を縦に振る本多。

本多「いきなり飛び出してくるからびっくりしたよ。怪我はない?」

美雪、頭を振りながら起き上がり、靴 の裏を見る。何もついていない。

美雪「あれ、おかしいな」

キョロキョロ辺りを見ると、道路の東 側から、こちらへ歩いてくる犬連れの 野球帽の男が目に入る。不思議そうな顔の美雪に本多が、

本多「あー、良かった。今回失敗したら後がないからさー。あ、こっちのことだけど」
美雪「?」

美雪の鞄を拾い、バイクを起した本多、

本多「これから学校でしょ、送ってくよ。えー、何ちゃんだったかな? 名前はー」
美雪「はじめて会うのに知ってる訳ないじゃない、変な人」
本多「あ、そうか、そうだよね、ハハハ」

本多の笑い声につい気を許す美雪。

美雪「でも助けてもらったし教えるよ。みゆき、ひがみゆき」
本多「(独り言で)よし、間違ってないぞ」
美雪「さっきから何ぶつぶつ言ってんの?」
本多「美しい雪のみゆきちゃん、でしょ?」
美雪「うわ、何? ストーカー?」

美雪、本多の手から鞄を取り、スタスタと歩きだす。本多、バイクを道路脇 に停め、美雪を追いかける。
 
⑦路上(朝)
英語の表記が目立つ街中の路上、美雪と本多が並んで歩いている。

本多「あれ? 深い雪の方だった?」

本多、置いてきたバイクの方を指差し、ハンドルを握るジェスチャーをする。

美雪「最初ので合ってる。それから、学校は歩いてすぐだから乗っけてもらわなくても大丈夫。何でだか足もどこも痛いところないし……」

小走りに本多との距離を開けようとす る美雪。本多、ポケットから手帳をと りだし、目を通す。

本多「まずい。午前中に終わらせないと、次 が詰まってる」

本多、前方を見ると、美雪の姿がない。慌てて周囲を見廻す。
 
⑧嘉手納東高校・正門(朝)
嘉手納東高校の表札の正門前。後ろを振り向き、ほっとした顔の美雪。正門の近くにスクールバスが到着する。バスから降りる男子生徒Aを見て美雪、嬉しそうに手を振るが、すぐに手を下 し、悲しそうな顔になる。

美雪「ありえない……」

男子生徒Aの後に続いて女子生徒Bが降り、腕を組んで歩いていく。美雪、その場で地面を踏みつける。

本多の声「やっと追い付いたー、ハー、ハー」

美雪が振り向くと本多が息を切らして立っている。

本多「美雪ちゃん、足速いねー、陸上選手?」

美雪、むっとした顔で、

美雪「もー、朝から嫌なことばっかり。美雪、美雪って馴れ馴れしく呼ばないで。沖縄で雪の付く名前なんておかしくない?って反応するでしょ、ふつー」
本多「え、だって東京で生まれたから、雪の降る日に。だよね、ちがった?」

美雪、驚いた顔で本多を見る。生徒たち次々に正門から校舎へ入って行く。

本多「覚えてないの?」
美雪「覚えてるわけないじゃない、生まれた日の事なんて。それに1歳になる前にこっちに来たから雪なんて1度も見た事ないよ」
本多「え、ほんと? 1度もないの?」
美雪「沖縄から出た事ないもん」
本多「(独り言で)いやー、こんなにあっさり見つかるとは。1度もないんだー、そうかー」
   
始業のベルが鳴り、正門の内側にいた教師が門を閉めようとする。

美雪「あー、遅刻しちゃう」
本多「美雪ちゃん、初めての雪、見に行こうか?」
美雪「雪? どこに?」
本多「目を閉じて、雪、雪って10回唱えて、門を押してみて」

美雪、首を振り、呆れた顔で本多から離れる。閉じられようとする門の側ま で来ると、遠くの玄関口に男子生徒Aと女子生徒Bの親しげな姿が見える。咄嗟に目を閉じ、「雪、雪」と呟く。 軍用機が美雪の頭上を通り過ぎる。
 
⑨札幌西高校・正門(朝)
雪の降る空の下、札幌西高校の表札の 正門前。ぶるぶるっと震える美雪、門を押し、目を開ける。校舎も木々も校庭も一面真っ白な銀世 界が広がる。

美雪「うそ、信じられない……」
本多の声「初めての雪を見た感想はどう?」

本多、美雪の横に並んで一緒に門を押 し、中に入る。
 
⑩同・校庭

美雪、本多、並んで歩いている。

美雪「うわー、つめたーい」

美雪、立ち止まり、来た道を振り返る。美雪と本多の足跡がはっきりと見える。その足跡を指差しながら、

美雪「5秒前、10秒前、30秒前。透明人間みたい、おもしろーい」
本多「美雪ちゃん、初めて笑ったね。そんなに”跡”が好きなら、こんなのはどう?」

本多、そのまま大の字で仰向けに雪の上に倒れ込み、すっと立ち上がる。

本多「人間型抜き、どう?」
美雪「(笑いながら)ばかみたい。私もやってみようー」

美雪、大の字で仰向けになり、そのま ま空を見つめている。雪が降り注ぐ。

本多「美雪ちゃん、起きなよ、体冷えるよ」
美雪「きれいだな。空見上げてこんな気持ちになったの初めて」

本多、美雪に手を貸し、美雪立ち上がる。美雪、両手を拡げてくるくる回る。

美雪「コザで空見ると悲しくなる。夢をのせて飛んでいる飛行機ばかりじゃないもの」

本多、手帳をめくり、時計を気にする。

美雪「人の不幸が自分の幸せになんかなるはずないって名護のおばあがいつも言ってる。ねえ、雪って神様の贈り物? 落し物? 忘れ物かな? 沖縄にも置き忘れてくれないかな」

美雪が横を向くと本多の姿はない。

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