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車で片道6時間半、子どもの頃の私に逢いにゆく
「今年も絶対ぜーったい、牛深の海に行きたい!!」
誰よりも目を輝かせてそう訴えてくるのは、息子ではなくまさかの夫だった。
「え……こ、今年も行くのかい?」
タジタジな私をよそに、息子たち二人も「行きたい行きたい」の大合唱。
「牛深の海」とは、熊本県天草市牛深町にある「茂串海水浴場」のことだ。ウミガメも現れる美しい白浜。そこのすぐそばには、私の祖父の家があったのだが、老朽化のため数年前に取り壊し、更地になっていた。
思い出深い大好きな場所。ただ問題は距離だった。今住んでいる場所から牛深まで、最低でも6時間半はかかる。
去年の夏は、およそ8年ぶりに家族4人とうちの両親で牛深の海を訪れた。両親は熊本市近くに住んでいるため、私たち家族は、まずは隣の県から2時間半かけて実家に移動し、一泊する。
今年も同じプランだった。
実家に一泊して、次の日は朝早くから牛深に向かう。牛深までは車で3時間半〜4時間はかかる。早朝に朝マックに駆け込み、気合いを入れていざ、出発だ!
どこにも寄らず一直線で向かったものの、途中で渋滞などもあり、5時間かかって海水浴場に着いた。もう12時をまわっていた。
「やっと着いたぁぁぁあ」
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目の覚めるような海の美しさに感動し、運転の疲れも吹っ飛ぶ。その日はめちゃくちゃ暑かったので、すぐに息子と一緒に海に飛び込んだ。
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遠浅で、海の中も白い砂がどこまでも続いている。ゴーグルをつけて潜ると、小さな魚の群れや少し大きな魚が泳いでいた。海の中を楽しそうに泳ぐその姿はとても可愛らしく、いつまでも見ていたくなった。
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夫は自前のサップを持ち出し、悠々と漕ぐ。普段は川でサップをすることが多いため、この牛深の海でどうしても漕ぎたかったのだと、とても嬉しそうだった。
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貝殻を集めたり、かき氷を食べたり。
夕方近くまでたーっぷりと遊んで、大満足!大人はヘロヘロだ。
そして、今夜は父の姉の叔母さんのお家にお泊まりさせていただくことに。
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昔から料理上手のおばちゃんの魚料理。久しぶりに食べることができて嬉しかったな。
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せっかくだから、海の町を探検しよう!と、外にお散歩に出た。すると、さすが魚の町。猫ちゃんが色んなところにいるんだね。子猫もたくさん。可愛かったなぁ。
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お散歩の後は次の日に備えて、早めに就寝。長くて濃い一日だった。
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次の日は、朝からおじいちゃんおばあちゃんの墓参りへ。高いところにあるお墓から見える景色は、子どもの頃の自分の気持ちを思い出させる。
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子どもの頃、よく妹とおつかいに行ってきた小道を通って驚いた。この道はこんなにも狭くて短かったのか……。
子どもの頃は、この道の先にあるお店がとても遠く感じた。ドキドキしながら、「もう少しで着く、あと少しだ」と自分に言い聞かせながら通った道。
お盆には、おじいちゃんちには親戚がたくさん集まっていた。親戚のおじちゃんに頼まれたたくさんのかき氷を大事に持って、溶けないように暑い小道を妹と急いで小走りで帰った。
そんな小道を歩いていると、色んなことを思い出す。ツバメの赤ちゃんが巣から落ちて死にかけているのを見つけた日のこと。おじいちゃんの家に連れて帰って一生懸命にお世話をしたけれど、次の日の朝には冷たくなっていたこと。
あのときの悲しさと、死に対する恐怖のようなものは今でもありありと思い出せる。
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更地になったおじいちゃんちの前で、いつも従兄弟と花火をしていた。ある日は、家の目の前から海に飛び込んで一日中遊んでいた。魚を捌いている父の姿と大勢の料理をわいわいおしゃべりしながら準備している母とおばちゃんたちの姿。
それはまるでジブリの中の世界のような雰囲気だった。
「さあ、海を渡ろう」
一人水着に着替えて、海にサップを出している夫の姿があった。昔私のおじいちゃんが牡蠣の養殖の仕事をしていた場所が海の向こう岸にあった。そこまでサップで渡り、何年もそのままになっている納屋の様子を見てくるとのことだった。
「一緒に行く?」
昨日の夜から何度も誘われていたが、深い海にサップ一つで繰り出すのはちょっと怖かった。もし落ちてもライフジャケットがあるので沈むことはないが、勇気がいる。しかし、幸い海も穏やかだったので、迷った末に夫と一緒に渡ることにした。
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30分くらいかかると思いきや、ものの5分で到着!一安心して、神社にお参り。
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おじいちゃんの元職場の写真をたくさん撮ってきてと父に頼まれたので、たくさん写真を撮って帰路に着いた。
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帰りは私がサップを漕いだ。ふと海の中に目をやると、星の数ほどの小さなクラゲがキラキラと光っている。それはとても美しい光景だったけど、もしここで落ちたらと思うとゾッとした。笑
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さあ、熊本の実家に帰ろう。
お土産も買って、帰路に着いた。
30分くらい車で走ったとき、夫がしみじみと言った。
「バイバイ、牛深」
まさに、私が心の中でそう言おうとしていたタイミングだったので驚いた。
「来年に墓じまいをするって、知ってた?」
夫に聞かれ、私は首を横に振った。墓参りの時に、お墓は、来年には熊本の方へ移転することが決まっていると父が言った。もう60代後半に差し掛かる父と母も牛深まで通うのが体力的に年々難しくなってくるだろう。娘である私も他県に嫁いでいるため、牛深まで墓参りに来ることは益々厳しい。
現実的なこととはわかっているけれど、幼い頃毎年行っていた牛深の家がなくなり、墓がなくなることはなんだかとても寂しい気がした。
長時間運転の末、実家に着いたらまだまだエネルギーがあり余っている息子が「暇だ暇だ」と言うので、「牛深」をテーマに俳句を作ることにした。
捨てられた さんまのあたま 海の底
もう終わり 牛深の海 また来るぞ
「また来るぞ」
息子の強い意志がなんだか嬉しかった。
私の子どもの頃の記憶は、息子の中にはない。私の好きだった風景も息子は知らない。でも、息子には息子の「子どもの頃の風景」が今まさに目の前に広がっている。
私がこうして「子どもの頃の私」に会いにきたように、息子もいつか「子どもの頃のぼく」に会いに来る日が来るのだろうか。
そんな日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。
だけど、それでいいのだ。
夏はまだまだ始まったばかり。
我が子の人生もまた、始まったばかりだ。
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