「呪歌使い戦記」第二話

 魔法使いが一派、歌う者キャンウィール。それが僕に与えられた新しい名の一つ。キャンウィールとは、数ある魔法の中でも特に呪歌の扱いに長けた流派の名。呪歌を、まじない歌を用いて魔法を使う事から歌う者と呼ばれている、らしい。魔法の師であるルイス先生からそう教わった。他の流派は五つ、呪文の扱いに長けた綴る者バーダー、魔法陣の扱いに長けた描く者ルニアード、姿なき者の姿を見ることができる喚ぶ者グウィール、ものづくりを得意とする創る者アルケー、薬作りや医学を用いて人々を救う癒す者フェルリード。世界にはキャンウィールを含めて六つの流派の魔法使いが存在するという。

「……とは言うが、私の師と兄弟子しか他の魔法使いを見たことがないのだけれどね」

 先生はそう言った。魔法使いというのは存外数が少ないものらしい。魔力自体は大小の差はあれ、どんな人にも備わっているが、それを魔法のために扱える者は極わずかだという。そんな極わずかな人間しか魔法使いになれないと言うのならば、どうして先生は僕を弟子にしたのだろう。どうして、先生は僕が魔法を使えるとわかったのだろう。

「魔力を正しく扱える者にはある特徴が外見にある。私とプイスの共通点、何かわかるかな?」

「えっと……」

 外見に特徴、と言っても僕と先生ではどこに共通点があるのだろう。髪の毛……は違う。先生は癖のある黒髪、対して僕は金色の髪。だから違う。手はどうだろう。子供の僕の手と大人の先生の手に共通点なんか無い、だからこれも違う。共通点、先生と僕の共通点……。

「……もしかして、目……ですか……?」

「その通り。魔法使いの素質がある者は目を見ればわかる」

 蜂蜜色の瞳。それを持つ人は魔法使いになれるという。蜂蜜色、一度だけ目にしたことのある蜂蜜の色。言われてみれば、先生の瞳の色はその色に近いかもしれない。そんな先生の瞳の色に似ている僕の目も、つまりは。

「それじゃあ……先生の先生……も目が蜂蜜色ってことですか?」

「いかにも。幼かった私の目を見て、師は私を弟子とした。お前と同じだな」

 おいで、と手招きされてそのまま台所に立つ。かまどの前にかがんだ先生はその優しい声で何かを歌うと、焚き付けの枝に種火も無く火をつけた。

「今のは火起こしのまじない歌。種火を使って火を起こすことの方が圧倒的に多いけれど、呪歌使いらしく呪歌を使って火を起こすこともある。もうすぐ昼餉の時間だ、今日は豆を煮よう。煮豆の歌は知っているね?」

「はい、孤児院でシスターに教わりました」

「あれをお手伝いで歌ったことは?」

「あります。僕がお手伝いの時の煮豆は一等美味しいと、神父様が。それ以来豆を煮る時はずっと」

「ほう、生まれながらに呪歌を使いこなしているのだね」

「でも、呪歌だなんて。僕はただシスターがおばあ様から聞いたおまじないの歌を歌っただけなのに」

「そのおまじないが大切なんだ。おまじないをする時は、どんな気持ちで行うかな」

「それはもちろん、願い事が叶うように。煮豆の歌なら、豆が美味しく煮えるように」

「呪歌を扱う上で一番大切なこと、それはその呪歌が効力を持つように祈ること。煮豆の歌なら、豆が美味しく煮えるように。太陽を呼ぶ歌ならば、雲ひとつ無い空が世界を覆うように。さあ、やってみよう。今日の昼餉が美味しいものであるように祈って」

 豆と水を入れた鍋を火にかける。僕がこの家に来て初めての仕事は豆が美味しく煮えるようにまじない歌を歌うこと。豆を煮る妖精の歌を歌うこと。昼餉の煮豆が、美味しくなるように祈ること。

 こうして僕の、プイス・キャンウィールの呪歌使いとしての修行が始まった。初めて意識して使った呪歌の効果はわからない。けれど、この日の昼餉は美味しく出来たように思う。


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