第八話

「ただいま帰りましたー」

「おかえり。今日は早い方であったな」

 地獄に、ニホンに来て早二週間。奉公で帰りが遅いエマの為にと飯を作り出して二週間。すっかり飯炊きばばあが板についてきた。

「今夜は何ですか?」

「今日はハンバーグじゃ。焼きたてを食わせてやるからの」

「わぁ、楽しみ」

「ほれ、先に風呂に入ってこんか。さっさとせねば冷めたものを食うことになるぞ」

「はぁい」

 飯を作り出してからエマに与えられたノートパソコンなる道具によって、作れる飯の種類が増えた。魚や生肉、ニホンで愛される調味料の使い方もパソコンが教えてくれた。今日のも気に入ってくれるといいのじゃが。

「いただきまーす!」

「どうぞ召し上がれ」

 出来たて熱々の夕飯を二人で囲む食卓は、すっかり馴染んだこの家のいつもの光景。弟子らと共に暮らしておった頃の、いつもの光景。エマが美味そうに飯を頬張るその姿もまた、いつもの光景。

「エレノアさん、本当にお料理上手ですね……」

「こらこら、口の中のものを飲み込んでから喋らんか」

「むぐ……。……だってエレノアさんの作るご飯、みんな私好みの味ですもん」

「そうであろう、そうであろう」

「何でわかるんですか?」

「わしは魔女だからの、人の考えている事などお見通しじゃ。ぬしの飯の好みもな」

 向こうのあの子は純粋でわかりやすい子であった、こちらのこの子はそんなあの子に良く似ている。だから味の好みもきっと。その考えが合っていただけなのは黙っておこう。

「へぇ〜……。魔女なら占いなんかも出来たり?」

「当然じゃ。恋する若者を何人救ってきたか、数えておけば良かったのう」

「……私の未来なんかも見れたりするんですか?」

「見れんことも無い、が……。やめておいた方が良い」

「どうしてです?」

「わしの見える未来は変えられるものと変えられんものの二種類がある。変えられる未来であれば動き方次第で良い方向に持っていくことができるが、変えられん未来では動きようがない。必ず訪れる運命……と言うやつじゃな。そんな未来を告げた若者が、世を儚んだ。変えられぬ未来ではあったが、それに至るまでにたくさんの幸福が待ち受けておったというに。わしの伝え方が悪かっただけじゃろうが、どうしてもなぁ」

「……ごめんなさい」

「何故ぬしが謝る、ぬしが謝る必要など何処にも。それより早う食うてしまわんか、冷めてしまうぞ」

「……ありがとうございます」

「安心せい、わしには今のぬしを待ち受ける未来が良いものに見えておる。わしが思うだけでぬしがどう思うかは知らんがの」

 嘘だ、真っ赤な嘘。こちらのエマに助けられた時に感じた違和感、それが徐々に大きくなった。その違和感は黒いもやのような体を得てエマに付き纏っている。これでは肩も重かろう、息もしずらいだろう。この黒いもやの正体がわからんうちは手出しのしようがない、助けようがない。何と口惜しいことか。弟子が、弟子に似た若者が苦しんでおるというに助けられぬとは。これは変えられぬ未来。いつか、近い未来のいつか、エマを苦しめる為にこのもやは爆ぜるだろう。

「ごちそうさまでした!」

「うむ、今日も良い食いっぷりであったな」

「お皿洗いますね」

「働いてきた者が何を言うておる。皿洗いもこのばばあの仕事じゃ。年寄りの仕事は奪うでないぞ、呆けてしまうからの」

「おばば様なんて呼べるように見えないのに」

「人は見かけによらんのじゃ」

 今のわしに、エマの背負う黒いもやをどうこうする力はない。それこそ直接殴れれば話は早いのじゃが。もやが爆ぜた時、話がどう転ぶかわからん。そもそもエマがこのもやを抱えることになった原因もわからん。口惜しい、ほんに口惜しいのう。だが今のわしに出来ることは無い。ただただ、居候の飯炊きばばあとして疲れて帰ってくるエマの帰りを待つしかない。それしかないが、わしにはこの子の帰りを待つことが出来る。せめて家に帰ってきた時くらいは、心安らかに過ごして欲しい。その為には、わしに出来ることを。エマに美味い飯を食わさねば。腹が減っては戦も出来ん、奉公も出来んからの。

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