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ストックホルムで詐欺られそうになった話

私はスウェーデンに留学中の普通の大学生である。月に一度、私は無性にマクドナルドが食べたくなる。スウェーデンのマックはパテとチーズが濃厚で美味しい。ポテトは芋の甘みをしっかり感じられる。そんな気がする。ちなみに、チキンナゲットとソースはあんまり美味しくない。(個人的な意見である)

その日、私はマックを食すためだけにストックホルムまでやってきた。寮の最寄り駅からは電車20分程度だ。機器トラブルにより到着は40分遅れ。まぁ、スウェーデンではそんなに珍しいことではない。他に路線はないし、わざわざバスに乗り換えるほど急いでもいないので大人しく待った。

そんなこんなで少々時間はかかったが、19時前、無事駅チカのマクドナルドに到着した私は、少し奮発してダブルクォーターパウンダーのセットにアップルパイまで付けた贅沢な夕食を楽しんだ。お値段は117Kr。日本円で約1520円。うむ。あんまり考えないようにしよう。

食後、適当に歩き回りつつ、特に行くとこもないなぁと考える。よってさっさと駅に引き返し、ストックホルムセントラル駅から地下に降りた。ストックホルムには主要駅が二つある。ストックホルムセントラル駅とストックホルムシティ駅。この二つは地下で繋がっている。

セントラルからシティに繋がる通路を歩いていると大きな旅行用リュックを背負ったおじさんが視界の端に入った。ちなみに目は合わせていない。正面を向きつつ他人は全力でスルーする。スウェーデン歴半年以上、この程度のスウェーデン人スキルはもう修得済みである。その人の横をしれっと通り過ぎようとすると、"Excuse me!?" と言われる。颯爽と通り過ぎかけたところで半テンポ遅れて私は振り向いた。"Yes?"

「すみません、英語は話せますか?」
「はぁ」

180センチは届かないだろう30前後っぽい男は、自分はローマから来てこの辺はあまり詳しくないのだがと話はじめる。道にでも迷っているのかと思えば、「実はさっきスられて、ほぼ文無しなんだ。もう本当に泣きそうだよ。どうしたら良いかわからない」そう言って私を真っ直ぐに見つめた。

あらあら、珍しい。もちろんスリはゼロではないが、カフェに荷物を置いたまま席を離れても盗られないストックホルム。そこで全部盗られて文無しになるなんて、なんて不運なおじさんだろう。

そう思いつつ、私はチラリと当たりを見回す。他にも通行人がパラパラと行き過ぎる。私達はめちゃくちゃ通路のど真ん中に立っている。そんな私に気がついたのか男は私の肩に手を添えて通路の中央から少し端に誘導した。

「それで、もうどうしたら良いかわからないよ」

SASことスカンジナビア航空の紙パンフレットを握りしめ、彼は涙ぐむ。

「だから、少しで良いんだ、お金を貸してくれませんか。150ユーロとか。貧乏人ってわけじゃないよ。ほらちゃんとお金は持ってるんだ」

おじさんは一息でそう言うとチラリと私にハイブランドらしい腕時計を見せた。倍で返すから電話番号とか教えて欲しいと言い添える。返済能力はありますとアピールしたいらしい。

さて、出来ることなら助けてあげたいと思って聞いていた。しかし流石に金を貸せと言われるとおや?っと思う。150ユーロなら約2万円強。何よりも違和感があったのは貧乏人じゃないと言って金持ちアピールをしてきたことだった。あんたの返済能力なんか聞いていないし、倍で返すなんて言われたら流石に話がうますぎる。果たして異国の地で本当に文無しになったパニック状態の人間がこれほど巧みに金銭交渉をするだろうか。

要するに、凄く胡散臭い。

早口でまくし立てた男は"Please! Help me, Miss!"と今にも泣き出しそうな声で懇願した。さりげなく肩に手を置いてくる。

「助けてあげたいのは山々だけど、あいにく金欠で。ごめんなさいね」

いかにも残念ですって顔で男を見遣やると、彼はストンと肩を落として、「そうですか」と呟いた。交渉決裂だ。去り際、警察にはもう行ったかと聞くと「インフォメーションに行くよ」とおじさんは寂しそうに言う。そうして彼は去って行った。

絶対詐欺だ。そう思う。でもやっぱり申し訳ない気持ちになって、歩きながら段々泣けてきた。知らない土地で、道に迷うだけでも心細いのにお金まで盗られたらたまったもんじゃない。それでもやっぱり、考えれば考えるほどおかしいのだ。

まず、本当に助けて欲しいなら、もっと現地人っぽい人を選ばないだろうか。もちろんアジア系のスウェーデン人も沢山いるとはいえ、いかにも現地民っぽい風貌の人を選ぶ方が当たり率は高い。現地人の方が言い方は悪いがずっと役に立つ。スウェーデン語でコーヒーも注文できない、いかにもアジア人顔の小娘よりは確実に助けになるに決まっている。

第二に、泣きたいくらいパニックの男に、こちらの様子に気を遣って自ら誘導したりする余裕なんてあるだろうか。肩に触れていかにも友好的な雰囲気で話そうなんて、やっぱりおかしい。ちなみにイタリア人はフレンドリーで有名とはいえ、流石にすれ違っただけの赤の他人に気安く触れたりはしない。ローマの人間ならなおさらである。まぁ、彼が本当にイタリア人かなんてわからないが。

更に更に、このスマホ時代に航空会社の紙パンフレットなんか持ち歩くのか。いかにもここにメモしてくださいって感じの。随分と準備の良い文無し男だ。

それに、良識のある人間なら通行人に、取り敢えず金を貸せとは言わないだろう。どうしても喉が渇いたから水を買って欲しいとか、隣の駅まで行きたいからチケットを買ってくれないかとかなら、まぁわからんでもない。でも取り敢えず150ユーロはやっぱりおかしいのだ。

知らんけど。

知らんけど。

やっぱり申し訳ない気持ちになってしまう。とんだお人好しなもんだ。

泣きそうになりながら私はスマホを取り出す。ねぇ聞いてよと、取り敢えずすぐに連絡が取れそうなトルコの彼氏に送ってみる。爆速で既読が付く。たった今起きたことを話してみる。こういうときこそ、時差2時間はありがたい。その男とのやり取りの詳細を一通り聞き終わると、彼は一言「君がびた一文も払ってないことを願うよ笑」と送ってきた。

やっぱり。やっぱり詐欺なんだよ。

「だいたい、見せつけるくらい良い時計なら、それを売れば良いじゃない」
彼は続けてそう言う。

流石にそれは笑う。

「大事な物を盗られたらまず警察に行く。法治国家なら常識だよ。特にスウェーデンならちゃんと仕事してくれるでしょ」

確かに。

「詐欺だよね?」
「詐欺だね」

そうだよ。詐欺なんだよ。彼が詐欺と言うなら詐欺なんだ。単純な女だ。アホだ。

マックを食べたかっただけなのに、とんだ災難だった。

良識のある人間は道端で赤の他人にただ漠然と金を貸せなんて言ってこない。当たり前だが、あらためて。

おじさん、noteのネタをくれてありがとう。それじゃ、達者でな。

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