見出し画像

第102回「「思考ツール×パフォーマンス課題的×PBL的社会科単元構成による単元づくり」(「地理総合」研究チーム)

はじめに

 今回は、滋賀県で勤務されている中学校社会科の先生より、「思考ツール×パフォーマンス課題的×PBL的社会科単元構成による単元づくり」というテーマでご発表いただきました。
 まず、テーマにもある「PBL」(=Project-Based Learning)とは、実際に世間で課題になっていることを解決していくことを通じて知識・概念を獲得していく学習を指します。例えば、中学校社会科の地理的分野「北アメリカ州」の単元では、「アメリカ合衆国における雇用問題の解決策を考えよう」などのパフォーマンス課題を設定し、その解決を進めていく中で「北アメリカ州」に関する知識や概念を獲得していきます。
 一方で、このようなパフォーマンス課題が「日本の中学生にとって切実な課題なのか?」といった問題点も指摘できます。つまり、「どれぐらい本物か、どれぐらい真剣か、どれぐらい現実に近いか」といったことを学びの「真正性」だとすると、それをどの程度求めるべきなのか、も考える必要があります。
 それらを踏まえて今回の発表では、単元のゴールを知識の獲得ではなく、パフォーマンス課題に対する思考力・判断力・表現力、そしてその課題を通して育まれる主体的な態度に主眼をおき、それをPBL的な学習に脚色していく単元づくりについてご発表いただきました。

思考ツールの活用


 単元内で課題解決をしていく際に、思考ツールが次のような役割を果たしてくれます。
・    思考の可視化
・    人の思考との共有
・    考えの整理・明確化
思考ツールを用いる際の留意点は、それぞれの思考ツールを目的に応じて使い分けることです。思考を広げる場合は「イメージマップ」、情報を比較する場合は「ベン図」や「スケールチャート」など、それぞれの思考ツールには用途があります。その用途を理解したうえで適切な場面で用いる必要があります。思考ツールについては、『こうすれば考える力がつく!中学校思考ツール』(田村学、黒上晴夫、滋賀大学教育学部付属中学校、小学館、2014)や、「シンキングツール~考えることを教えたい~」(『パナソニック教育財団』のウェブサイトより)に詳しいので、そちらをご参照ください。

論述


思考ツールを用いて思考の可視化・共有・整理等を行った後、生徒はパフォーマンス課題(論述)に取り組みます。
学習指導要領解説社会編では、「子どもたちの思考力・判断力・表現力等を確実に育むために、まず、各教科の指導の中で、基礎的・基本的な知識・技能の習得とともに、観察・実験やレポートの作成、論述といったそれぞれの教科の知識・技能を活用する学習活動を充実させることを重視する必要がある」と述べられています。知識・技能の活用場面の一つとして論述を行い、それを通じて思考力・判断力・表現力を育成することが学習指導要領上求められています。
 その際、いきなり論述課題に取り組ませるのではなく、思考ツールを用いて思考を可視化・共有・整理したうえで論述することで、課題に対してより高度な論述が可能になると考えられます。これをふまえて単元づくりを考えた場合、次の①~④のような流れの単元をデザインしていくことができます。
① 「単元を貫く問い」を設定する
② 「単元を貫く問い」を解決していくために、単元全体の問いを構造化(MQ・SQ)
③ 生徒は、毎授業で学んだことを思考ツールに記入していく
④ 毎回の授業で書き溜め完成した思考ツールを用いて「単元を貫く問い」について議論を行う
⑤ 最後に「単元を貫く問い」に対する論述を行う


パフォーマンス課題


 パフォーマンス課題とは、リアルな文脈の中で知識やスキルを使いこなすことを求める課題のことです。形式としては、レポート、論述、作品制作、発表、実演などを評価します。また、「あなたは○○です。△△のような場面でどんな提案をしますか?」のように、学習課題に近い具体的場面を想定してシナリオとして設定する「シナリオ型」のパフォーマンス課題が課される場合が多いです。しかし、今回の発表では、「単元を貫く問い」に対する論述も広義のパフォーマンス課題であるととらえて考えます。評価の際は、学習の意図を踏まえてルーブリック等を用いて評価します。

実践事例


 以上の考えに基づいた実践事例を紹介します。単元は地理的分野「各地の生活と環境」です。この単元では、「世界の衣食住の違いは、どうやって決まっているのだろう?」という単元を貫く問いを設定し、進められました。
1時 雨温図をかこう
2~5時 熱帯・乾燥帯・温帯・寒い地域の暮らしについての学習
6時 世界各地の衣食住の違いはどうやってきまっていますか?(2~5時に学んだことをクラゲチャート・ピラミッドストラクチャーを用いて整理・可視化)
7時 論述課題(6時に思考ツールを用いて整理・可視化した学習内容を参考に、単元を貫く問いに対する論述を行う)

 さらに、上記の実践をPBL的にアレンジしてみたのが次の単元案です。
パフォーマンス課題…「世界各地の人々の生活様式は変化するべきなのだろうか、新聞記者として評論文を書こう」
1時 雨温図をかこう
2~4時 熱帯・乾燥帯・温帯・寒い地域の暮らしについての学習
5~6時 世界各地の生活様式が違う要因(気候・気候以外)
7時 生活様式は変化するべきか、自分の意見をもつ
8時 意見交流したうえで、パフォーマンス課題に取り組む

質疑応答


Q.「新聞記者として評論文をかこう」は、社会的にはリアルかもしれないが、生徒にとってはリアルじゃないのではないでしょうか?
A.本当は「あなたが中学生として・・・」みたいな課題設定が一番いいんだろうけれども、ただ社会科の課題の中にはそれだと十分に生徒たちが考えたり調べたり学習内容と合いにくいものもあるので、だから今回の場合は将来新聞社になるとしたらみたいなところでシナリオ型を意識しています。
例えばよくあるのは国際社会の問題で国際援助の話をするときに、自分自身ができることを考えさせる場合と、国家・NPOみたいな団体ができることっていうのはちょっと違うと思う。自分自身ができることも考えなくちゃいけないと思うんですけれども、国として、例えば発展途上国とかそういった国々にどう働きかけをするべきかっていうのは、社会の一員として考えておくべきでもある。それも社会との役割であると思うんですよね。
そのときに必ずしも「あなたは何をするべきですか」っていう問いだけがいいのか?というところが、真正性を考える上での気をつけないといけない部分かなと思うんですね。
だからある程度はあなた個人の行動も考えるべきなんだけども、社会全体をどうしていくべきかっていうのが社会の一員としても考えるべきじゃないかなっていうところはあって、だからそこの塩梅というか、そこの加減みたいなのが、授業の意図とか教材の意図によりちょっと必要じゃないかなと思います。

Q.「あなたが新聞記者として・・・」のような設定の単元を毎回行うと、生徒は疲れてきて「知らんわ」となってしまい、没入しなくなってくる恐れがありますが、限られた機会でそういった設定を考えると結構生徒はなりきって考えてくれるように感じています。そのあたりはどのようにお考えでしょうか?
A.まさに僕もそう思います。パフォーマンス課題をずっとシナリオ型でやり続けると、かえって「知らんわ。別に新聞記者にならへんし」という感覚になってしまうと思う。

Q.単元として思考ツールを埋めていくっていう活動があると思うんですけど、あれは思考ツールというより、生徒が学習の結果作り上げる知識の構造図なんじゃないですか?
A.知識の行動図ではないかって言われると、そういうふうに使ってる時も確かにあります。
あまり難しく考えず、とりあえず可視化させたい、使ってみたい、使わせたい、ということを重視してやってみました。

Q.真正性について、実社会の文脈というか実社会のこととか、そういうのを真正性と捉えるというのがある。一方で、「歴史学者だったらどうするかとか」、そういう真正性もあるのかなと思う。例えば地理学者だったらとか資料を実際に読んでみたりして、学者のように考えるということを真正性と捉えられるのではないでしょうか。
もう一点、PBLの授業の問いが「世界各地の人々の生活様式を変化するべきなのか」という問いでしたが、なぜこういう問いを作られたのですか?というのも、世界各地の人々の生活様式は自然環境などに合わせて変化しているかなと思う。それをあえてその価値判断で問うた理由は何なのかなと思いました。
A.2つ目から先に行きます。子どもたちは、「教科書に書いていることが世の全てだ」みたいになりがちです。例えば、教科書に「イタリアで石で作られた白い壁の家がある。それは地中海性気候で日射が厳しいので、そういうふうに作っているんだ」とあります。おそらくそういうところもあると思うんですが、ではローマの街中はどうなってるかって言ったら、必ずしもその白い石で組まれた家ばっかりでもないんじゃない。
他にも、インドのサリーは熱帯性の気候でも脱ぎ気しやすく、それで通気性が良いので、インドでは伝統的に着られています。ところが、今インドではサリーを着ている人が減ってきており、ユニクロの服などを着ている人が多い。日本の着物も、外国人からしたら、「日本って未だに着物を着ている人が多いんじゃないか」、というふうに思われる部分もあると思う。これから世界の地理を勉強する子どもたちには、「教科書で紹介するような場面もあるんだけれども、それはやっぱりいろんな要素でもって変化もするだろうし、教科書に書いてあることがすべてではない」という視点を持ってほしいというメッセージがあるのかな、と今考えて思いました。
それから、もう一つの最初におっしゃっていただいた「学者になりきる」というのは、最後の切り札でいいんじゃないかと考えています。特に歴史なら、今の世の中とちょっとかけ離れた時代をやるときに、その実社会の文脈での真正性というのが課題として作りにくい時もあると思うので、その時には最後の手段で「あなたが歴史学者ならどう考えますか」というふうにもっていくのはありかなと思います。ただ、あんまり乱発するのもどうかな、というところがあります。

・    ロイロノートにあるシンキングツールをもちいているという事例はよくある。
・    シナリオ型のパフォーマンス課題について、無茶な設定をしないということが大事なんじゃないかと思った。「あなたが武士だったら」というような非現実的なシナリオよりは、「インターネット投票ができるとしたら」というような、現実に起こりうるシナリオを設定したほうが真正性もあるし、「そんなん知らんわ」というような考えにはなりづらいんじゃないかと思った。一方で、武士の立場になってみるからこそ考えられることもあるし、新聞記者には新聞記者なりの視点がある。それをえてもらうからこそ生まれる思考もあると思う。なので、非現実的なシナリオを完全に捨て去ってしまうことはできないだろう。
・    シナリオ型の課題を設定する際、非現実的なシナリオもあっていいんじゃないか。例えば、「あなたが二酸化炭素だったら・・・」というような人間以外のものになって考えてみるのもありかもしれない。自分が二酸化炭素の立場になって考えてみることで、二酸化炭素がどのように地球温暖化に影響をあたえるのかや、二酸化炭素にとって国境は関係ないことなどについて気づきを得ることができ、それによって「地球温暖化=国際問題」という認識に深いレベルで到達できる可能性もある。
・    反グローバル化の風潮がある現代において、自分とは遠い人の立場にたって考えることの重要性が増していると思う。
・    いろんな真正性があっていい。結局、社会科とはどうあるべきなのかという議論になっていくだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?