『アルルカンと道化師』

 某所に置いてあって読む機会のあった『アルルカンと道化師』を読み終わったので、感想を書いていく。
 以下は、池井戸潤著『アルルカンと道化師』のネタバレを含む。

東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版社・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とはーー。

本書帯より引用

 数年前に日曜劇場にてドラマ化され、社会現象になるまでの人気を博したドラマ「半沢直樹」は、今なお記憶に新しい。その人気たるや、今この文章を打っている時に「はんざわ」とまで打てば、予測変換で半沢直樹が出てくるのだから、どれだけ浸透したかがうかがえる。
 ドラマでは鉄鋼企業、ホテル、IT企業、国家を相手にしたり助ける為に奔走したが、今回は時系列が一気に巻戻り、第1作「俺たちバブル入行組」よりも更に前、大阪に半沢がやってきた頃の話になる。

 今回半沢が救おうとするのは、売上が低迷する出版社である。その出版社を現在躍進中のIT企業が買収したいというのだ。そのIT企業の社長はある画家の絵のコレクターとしても有名であり、近いうちにその絵を目玉に美術館を建てるという。その美術館で活躍してもらいたいということで買収をしたいというのだが、随分と高額の買収額を提示するあたり、どうも裏がある。これを受け入れれば業績は一気に上を向くが、そうしてしまえば自由な意見を発表できなくなり、会社の理念に反してしまう。悩む出版社の社長とともに、ひとまず買収を避けようと、どうにか運転資金を融資してもらう為奔走する半沢だったが、その中で出版社とIT企業の社長が集めている絵の画家との間にある以外な関係を知り……。
 というのが大まかな流れである。

 中小企業を破格の金額で買収しようする大手企業、それを推し進めようとする銀行上層部、中小企業を守るためそれに抵抗し、自らの身も顧みずに立ち向かう半沢直樹という、これまでの4作で、そしてドラマでも描かれた姿は時系列に置いて最初の今作でも変わらない。というより、本作の舞台である大阪に来たのは、東京の本部で上司とやり合った結果ということなので(そのせいで本部に半沢を目の敵にする管理職がおり、この人物が本作のラスボスとなる)、まだ描かれていないだけで半沢の素行は最初からトンデモなかったということが伺える。「人事が怖くてサラリーマンが務まるか」とは半沢の言葉だが、それでは世の大半のクビが飛ぶだろう。

 時系列に置いて最初の話ということもあり、「俺たちバブル入行組」に登場した大阪西支店長の浅野が登場したり(そして一大事を引き起こしたり)、初代ドラマにて監査を行っていた机バンバンおじさんこと小木曽の名前が出てきたりと、過去作を知っていると見たことのある人物がちらほらと出てくる。彼らの末路を知っていると、なんとも言えない気分になる。

 融資の担保を得る為奔走し、やっと手に入れたと思ったらその担保が受け入れられず、あわや打つ手なしかと思ったら情報を繋ぎ合わせ、真実を見つけて切り抜ける。そして最後はお決まりの、証拠と共に大勢の前でクソ上司を完膚なきまでに叩き潰すという時代劇さながらの勧善懲悪の流れは健在で、読んでいてスカッとするものである。ただ事実を報告して相手を蹴落とすのではなく、本来半沢が処断される大きな場において動かぬ証拠を突きつけ、衆人環視の中で情け容赦なく追い詰める様は正直おっかなくもある。絶対に敵に回したくない。

 タイトルであるアルルカンとは、イタリア喜劇に登場するキャラクターである。ピエロと対になる存在で、ピエロが純粋な道化師であるのに対し、アルルカンは狡賢い存在であるとされる。絵画の世界ではよく題材として取り上げられることが多く、本作においてもそのキーとなる絵の題材となっている。
 また、今回の事件の発端となった二人の画家の関係も表している。純粋な無名の画家と、ズルい手を使い著名となった画家。しかし、彼は世界を騙すことはできても自分自身を騙すことはできなかった。例え許されようとも良心の呵責に苛まれ、最後までずる賢くあることはできなかった著名な画家については、最終章のタイトル「アルルカンになりたかった男」、そしてその中で件の画家が自らを指していう「アルルカンになれなかった男」という二つの表現が、全てを表しているだろう。
 ピエロではなく、アルルカンにもなれず、ただ名もない道化師であった一人の画家の物語。故にこそ、本作のタイトルは『アルルカンと道化師』なのだろう。

 小説で、ドラマでいくどとなく見てきた半沢直樹の「倍返し」は、入行当初から冴え渡り、一番最初の物語である本作ではもちろん、最も最新の物語である『銀翼のイカロス』でも、衰えることを知らない。悪徳企業、クソ上司、腐敗政治家といくつもの悪を打ち負かしてきた半沢の次の「倍返し」はどうなるのか、今後の彼の活躍に期待である。



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