痕・約束(きず・やくそく)23・『破の章』[そして卒業へー前編]
「そして卒業へー前編」
<1>
僕には、いくつか進路のメニューが提示されたんだ。
あれを見たら誰だってレストランのメニューかな?って思うに決まっているんだ。
一つ目が、卒業後直接MITへの入学。二流とは云えMEngを取得したんだ。推薦状は新聞社とアメリカの大学側が直接書くんだとさ。ただし、それまでに、普通に英会話が出来る程度の語学力が必要なんだ。今じゃ普通だけど当時は駅前留学なんて無いんだ。当時は、アオモリじゃ無理な話なんだ。トウキョウで生活しながら学ぶ必要があったんだ。それも自費で。
MITの学費は、新聞社が支払うけど生活費はやっぱり自費なんだ。アパートを借りるか、日本で云うところの寮生活になるんだ。そんな余裕なんて微塵もないんだ。因みにMITは、以外と入学は簡単なんだ。卒業する事が難しいんだ。
二つ目が、トウキョウの某私立大学へ直接入学。要は飛び級出来る。魅力的なメニューだけれど、やっぱり生活費は自費なんだよな。そりゃ、アルバイトしながらでも何とかなると云いたいところだけれど、十五歳の年齢で稼ぐには限度があるんだ。アルバイト先は新聞社になるんだ…それって社畜だよな…
三つ目は、トウキョウの専門私立高校への入学。寮生活ではあるけれど、全額新聞社が支援してくれる。エスカレーター式で、大学までのおまけ付きなんだ。僕は断然これが一番の選択肢だと思ったんだ。入学さえすれば、飛び級で一年で大学へ行く事も出来るんだ。これは僕の努力次第なんだ。アルバイトの必要も無い。
四つ目が、市内の高校への普通入学。卒業後、推薦状付きで私立大学への入学なんだ。これは、無駄な時間をヒロサキで過ごす事と変わりは無いんだ…
けれど、この条件に猛反対したのは、誰だったと思う?
両親なんだ…「たかが中学生が、一人で生活出来るわけがない。普通に高校へ行って、好きな大学へ入ればいい。息子にそんな大それた事は出来ない。」だとさ。無知とは恐ろしいモノだと思うんだ。
僕の努力を無い事にしてくれ何て、よく云えたモノだと思う。まぁ、そろって小心者の無知な両親なんだ。しかも親父は頑固一徹。母は母でヒステリックな障癖があるんだ。
僕が、必死に作り上げたプログラムに何の価値も見いだせない…ただ、遊んでいた…そういう事なんだ。局長が何度説明したって、進む話も、座礁せざる得なかったんだ。
両親の行為が、どれほど失礼なのか、端で聴いていた僕が恥ずかしいほどだったんだ。親父は中卒上がりの苦労人だ。母はそれこそヒロサキで最低の底辺の高校を卒業して、嫁いだ世間知らずなんだ。
僕だって、まさかこんな身近に、障壁があるなんて思ってもいなかった。
<2>
両親の反対は、僕の責任でもあったんだ。何も云わない。説明もしない。だから理解出来ない。今・現在でさえ、両親は知らないんだ。僕の知識の量ってやつを。
PCに向かう度に、「何遊んでるんだい、仕事でもしろ!」ってね。つまり、必死に思考実験していても、体を動かさない事が遊んでいると同意なんだ。
僕はそれを幼少の頃から知っているんだ。だから、一刻も早く独立したかったんだ。だけど、あいにく、僕は一人っ子なんだ。両親は普通で或る事を望んだんだ。
まぁ、あの時、主席の副賞を、両親に叩きつければ良かったんだよな。でも、断ったのは、僕自身のプライドでもあったんだ。それに対しての後悔はないんだ。
ただ局長には、迷惑をかけたんだ。だから、僕から謝るしかなかったんだ。たかが中学生が、謝罪したところで相手は、立場或る大人なんだ。だから、徹頭徹尾、謝り続けたんだ。でも、局長は怒るどころか、両親を誉めさえしたんだ。
「タムラ君は幸せ者だよ。あれだけ真剣に子供の事を案じる両親なんて、滅多にいるモノじゃない。ただ、価値観や方向性が違うだけなんだよ。君が、お金について、躊躇無く断った。お父さんにそっくりなんじゃないかな?」
云われてみれば、そうかも知れない。生活する資金と、少しの余裕…そうだよな。僕の価値観は、親父に似ている。親父が苦労してきたから知っているんだ。
けれど、市内の高校へ進学しても、本当に大学まで進学出来る高校はヒロサキじゃ一校だけなんだ。そんな高校に在籍するだけでも寒気がするんだ。覚えるだけの知識なんて僕には興味が無いからなんだ…
局長もそんな僕の資質なんか当に見抜いているんだ。
「そうだね、困ったね…とりあえず、君は両親がああ云うんだ。私はミナミにでも推薦しよう。ヒロサキじゃ二番目の進学校だろう。対面もいいじゃないか。その後の事は、私に任せておきなさい。悪いようにはしないからさ…実はね、大体その線で、教頭とも話が付いているんだ。」
チキショウ!ハメラレた!そのために、あの「教頭」がヨン中に来たんだ。迂闊だった。県の教育委員会って事は、管轄は高校じゃぁないか…
そうして、僕の進学先は決められたんだ。それは推薦じゃない…内定なんだ。
<3>
私は、彼の成績は知っている。だって成績順が貼り出されるんだもの。
彼はいつだって六十位~七十位に留まっているんだ。
決して成績が良いわけじゃないんだ。でも教科毎になればがらりと性格が変わる。
数学と科学だけはほぼ一位。「ぼぼ」って云うのがミソなんだよね。
一科目、試験時間は五十分。試験が終わった人は三十分を過ぎれば退室出来る。初めはイジメが原因だったけれど、彼だけは終わり次第退室が許されていたんだ。
だって彼は「数学」と「科学」だけは、十分程度で退室するんだもの…早すぎるよね。それなのに、ほかの教科は五十分すれすれまで唸っているんだ。
だから、私も彼に尻を向けて退室する事もあったんだ。
で、彼の数学・科学はほぼ満点。そう、たまに計算でバカらしいミスをするんだ。足し算と掛け算を早とちりする。頭が良いのか、悪いのか?そう疑いたくもなる。
彼は確か小学六年の時、英語のリスリング教室に通っていたはずだよね。なのに英語の点数がバラバラなんだもの。七十点台が良いところ、酷い時は四十点台だってあるんだから…
そんなバラバラな点数でも学年で六十位程度って、何処をどうしたら、ああいう順位になるんだろう…
三年になって公民が追加されて、彼は順位を七十位ぐらいまで落としたんだ。あいつらしい…要は暗記出来ない証拠なんだよね。
人の事は云えない。私は良くて七十位。悪い時は百位以下まで落ちる事も或るんだ。
でも平均点よりは上。まだ、ましな方かも知れない。
私の志望校はチュウオウに決めた。市内で三番目の進学校。大学進学の点では、かなり不利なのは知っている。でも、そこは女子校なんだ。だから、私の目指す、部活動が或るんだ。
男子の目を気にする必要なんか微塵も無いんだ。本当なら、彼と同じ高校へ行きたかった…
でもそれじゃダメなんだ。自分の目標が決まったから。
タムラ君に会えなくなる事は、実際寂しいし悲しい。
今年度で、彼とは間違いなくサヨナラなんだ。だったら、私は彼の云う通り考え続けるんだ。
彼は、私の活躍なんて微塵にも興味は無いだろう。それでも考える事をやめたら二度と会うとこはないんだ。
<4>
私は、全国の舞台に立ったんだ。
でも結局は全国の壁はとてつもなく大きくて高かった。優勝した彼女らの記事を見た時、私は何故なのか少しだけわかった気がする。
彼女らの目標は、もっと高かっただけなんだ。それこそ、私みたいに、にわか仕込みじゃないんだ。小学校低学年から既に世界を見ていただけなんだ。
タムラ君の云うとおりだね。彼女らは、そのための努力を続けてきただけなんだ。「何のために」彼は必ずそう問うだろう。でも云う事はほとんど皆同じ。「自分自信の壁を乗り越える為」と、それは間違いじゃない。
けれど、彼はそれすら否定するんだろう。「見栄じゃねえのか?」って。
タムラ君は、最近、また図書室に籠もるようになってしまったんだ…
原因は、たいした理由じゃない。彼が受け取った賞状が一体どういうモノなのか…誰一人、訳がわからないだけなんだ。
外野がうるさすぎるんだよね。まぁそれも、彼の自業自得なんだけどね。「受験勉強の為なのかなぁ」なんて、思ったら大間違いだよ。
隔月で、彼には仕事があるんだ。それも例の新聞社の記事なんだよね。それも「論評」。寄稿者のプログラムに対して、自分の考えや間違いを指摘する。
そう云えば、彼の国語って、平均点並みだよね…そんな人が、論評を書くなんて、どう考えても無茶なんだよ…
でも、彼がアルバイト的な仕事をしているのは公然の秘密だったんだ。つまり、先生達は何も云わない。中学生のアルバイトは新聞配達以外は禁止なんだ。そういう校則なんだから。
それに中学生が、多額の謝礼を受け取る事だって禁止されているんだ。でも、彼だけは例外だった。彼の書いた論評にそうそう多額のアルバイト料が入るとは思えないし、もしそうなら、学校側が黙っているわけ無いんだから…
だから、彼は締め切りが近くなると、図書室で一人、唸っているんだ。
そういう時、決まって声をかけられるのが私なんだ。「こういう時って、どう言葉で表現すれば適切なんだ?」みたいな感じで。
広辞苑で自分で探してよ!って云いたいぐらい。
でも、正直、彼に頼られるのは嬉しいんだよね。今までと逆なんだ。
それに、彼に説明する自分が勉強になるんだ。
あれだけ本を読んで、なんで言葉に詰まるんだろう?そう思う事もあった。暗記出来ない性分なのは当にわかっている。
後になって初めて気が付いた。
彼は、私にそうやって勉強の仕方を教えていたんだ。
悲しい話だけれど、彼はそういう形で、私との関係を精算しようとしたんだ。
私だって、彼が謝礼を貰う事を知っているんだ。タダって訳にはいかないよね?だから原稿が出来上がった時、必ず両出で、「お手伝い料くれる?」そう云ってやるんだ。
でも、彼が渡すモノなんて大体が、購買で売っている菓子パン一個位なんだ。
ケチ!でもねぇ…仕方ないか…
教頭との約束で、報酬なんて、彼は貰っていなかった。無報酬のボランティアだったんだから…
<5>
僕は春の集会以来、僕自身が教室にいる事が、なかなか出来なくなったんだ。
大体にして、クラスメイトならまだしも、出来る奴らから数学と科学を教えてくれと云う。
「そんな事、自分の頭で考えろよ!」って云いたくもなるんだ。
ほとんど数学が多いけれど、証明問題?チャンと読めよ。
解けないヤツは何処までいっても解けないんだ。語釈力が欠落しているんだから、解けるはずもない。
要素を記号化出来ないんだよなぁ…
少しだけど、女子からチラホラされるようにもなった…
去年の七月を過ぎてからなんだ。キャンプ場での話が、伝言ゲームで大げさな話になってしまったんだ。まぁそれ以上に、ファミコンのゲームが作れる…そりゃ、機材と資金があれば出来ない事もない…けど、クリエイターがいなけりゃ、僕には出来ないんだよ!
話が大きすぎるんだよなぁ…
まぁ、僕も悪いんだよなぁ。あんな式典、初めから断ったんだ。
でも、県の教育委員会が黙ってくれなかった。あんなプログラム、投稿しなけりゃこんな騒ぎになる事は無かったんだ…
誰から届くのかよくわからないラブレター…僕が、雛壇から大風呂敷を広げてしまったのが、いつの間にか生徒達に伝聞されているんだ。折角マイクを切ったのに、コレじゃぁ意味が無い…
だいたい、誰からなのか、学年も名前もないんだ…これなら女子から嫌われる方がまだましだと思う。
相手がわからないから返事の書きようもないんだ。今更近寄る女子に、失礼だけど興味なんて無い。僕が有名人と勘違いして近寄るんだ。
もう一つ、前述したとおり、僕は女の匂いが大嫌いなんだ。
もし、「モテ期」って云うのがあったとしたら、たぶん中学三年の時分しか無かったんだ。
だからって、男子に嫌われるわけでもなく、永延と愚痴をこぼされたら、逃げ出したくもなるんだ。
少しは、僕に考える時間をくれよ…そういう気分なんだ。
だから図書室に逃げ込んだんだ。
隔月の原稿を書くには、僕の居場所なんて、図書室ぐらいのモノなんだ。それですら、嗅ぎつけるんだから…
だから、僕は敢えて、マツハシに文章の書き方を相談したんだ。
彼女には悪い事だとは思っていたんだ。
受験シーズンなんだ。誰だって人と距離を置きたい時期なんだ。
だから、彼女には僕の「思考」を文章にまとめる事を頼んだんだ。
他人のプログラムを一目見れば、大概、何を考えて作ったのかぐらいは理解出来る。それが今の僕の実力でも或る。
でも僕が文章を書けば、評論じゃないんだよなぁ。それは、相手に対して失礼なぐらいの批評になってしまうんだ。酷評とも云える。
僕の考え方を、彼女に伝える事は、少なくても理数の知識の底上げ程度にはなると思う。そう思って始めた事なんだ。弾よけでもあった。
ただ、僕は逆に、彼女の思考をマトモに受け取る事になるんだ。理数系の語釈が、そこまで下げる必要は無いだろう…って思うほど…でも彼女の言葉は理に適ってるんだ。
だから逆に、僕の弱い語学力の底上げになってしまったんだ。
Give&Take…少なくても二学期末までそれは続いたんだ。
ただ、僕はマトモに受験する必要は無かったんだ。僕の内定している高校は公立の進学校なんだ。当然、試験は受けなければならないけれど、そうそう惨い点数でもなければ合格出来るだろう。
でもその事を僕は、彼女には云えなかったんだ。伝えられなかったんだ。
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