短編小説『完璧な母』

「わが社の新製品、i-motherは、悩める世界の奥様方にとって救いとなる商品です。日々の生活の中で奥様達の手を煩わす、我が子の夜泣き、ぐずり、あるいはもっと成長為されているのでしたらイヤイヤ期に、反抗期。
こんな悩みを全て解決するためには、そうです。新時代の力をお便りください。
わが社が発明した『子守型アンドロイド i-mother』は、最新の用事心理学に基づいた、完璧な『子守AI』を搭載。情操教育からしつけまで、なにからなにまでお任せあれ。そして任せられるのは教育だけではございません。こちらも人間工学に基づいた特注ボディ、アームで、お子様にストレスなく、あやすことも、一緒に遊ぶことも可能です。
今までは、あらゆるお母さんが『アマチュア』から始めていた時代です。しかしこれからは、全てのお母さんが『プロ』の助けを借りることができるのです。完璧なる子育てのために、1家に1台『i-mother』を。
お求めは公式サイトから。お支払いには48回払いもご利用いただけます──……」

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20XX年。起こる起ると言われていたシンギュラリティは起らず、21世紀も半ばにしてもまだ社会人たちは『社畜』として生活を続けているわけではあるが、ゆとりもさとりも越えた『みとり世代(=ベビーブーム世代の大量死を看取る世代という意味の略称)』には、ひとつの変化が訪れていた。

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「お疲れ様です!」
「課長、お疲れ様です」
「おお、N君。そう言えばそちらの子が、今日から入ってくる新人のR君だったかな」
「ええ、その通りです。おいR君改めて挨拶を」
「初めまして、V課長、今日からこの部署に配属されました、Rと申します。これからよろしくお願いします」
そういって、新人のRはにこっと笑った。
その笑顔は、まさに完ぺきというか、口角の角度は30度、眼も細まっていて、それでいて『満面の笑み』というほど大仰ではない、ビジネスの場にふさわしい表情だった。
だからこそ、V課長は不気味なものを覚え、そして「ははあ」と思った。
「そうかそうか。。君くらいの年頃が最近巷で噂の『みとり世代』だね」
「はい。全くその通りです。わたしが生まれた年代くらいが、最も『看取り世代』と呼ばれる年代ですね」
Rは笑みを崩さないままそう続けた。三人の中で中間の立場に当たるNは、上司の意味ありげな言葉に首を傾げた。
「課長、何か気になることが……?」
「ああいや、いいんだN。そうだR君、今から会議室を使って、この部署の業務について読み合わせを行うんだが、三人分お茶でも組んできてくれないか」
「かしこまりました。V課長。熱めや濃さなど、好みはおありですか?」
「おお、気が利くね。だが、そうお茶にうるさくもないから、君に任せるよ」
「かしこまりました」
Rは30度の角度でぺこりと礼をし、まっすぐな背筋、まっすぐな足取りで給湯室の方へと向かっていた。何一つ申し分のない、よくできた礼儀と、社会人としての姿勢であった。
だからV課長は改めて、訝しむような目で、彼の背を見送るのだった。
その後、Nへと密かに語りかける。
「おい、N。彼はもしや、礼の……」
Nは、さっきまでのとぼけた風をやめて、上司の心中察するように、鷹揚に頷いた。
「ええ、そうです。彼は昔話題になった『AI児』です。品行方正、学業優秀だから採用する分には申し訳ないのですが、実際に相対するとやはり目立ちますね。営業には向かないでしょうから、この部署に配属しました。こんなご時世ですから、そんな指摘も面と向かってできやしませんがね……」
「ふむふむ、だからああも一挙手一投足が完璧すぎるというか、無機質というか……」
「はい。『不気味の谷』が板に染みついたような子です。まあ、それが彼自身にとって不幸なのかはわかりませんが……」

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かつて、一世を風靡した子守AIアンドロイド、『i-mother』。製品は瞬く間に裕福な家庭に普及したが、数年後、噴出した多くのクレームによって販売停止となり、さらには国からのお触れで回収命令迄出た。
クレームの内容は全く、似通っていた。

『助けてください。我が子が、アンドロイドのように不気味に笑うんです』

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