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巨大数論の俯瞰図

この記事では、巨大数の歴史や、実際に巨大数論者は何をやっているのかを紹介しようと思います。

「巨大数って何?」という方は前回の記事も合わせてご覧ください。

今回は現代巨大数論を俯瞰的に見ることで、今巨大数論ではなにが研究されているのかをざっくりお伝えできればと思います。

§1 巨大数論の成立史

1900年以降、フレーゲやヒルベルトの記号論理に始まる数学基礎論の文脈で、それまでには無い巨大な数が数学に現れるようになりました。
代表例としては、1928年のアッカーマン関数、1962年のビジービーバー関数などが挙げられます。
また、1970年にはラムゼー理論という分野の研究で、「数学の証明で使われた最も大きな数」であるグラハム数が出現します。

グラハム数は1980年に数学の証明で使われたことのある最大の数として1980年にギネスブックに登録され、数学パズルの大家であるマーチンガードナーがこの数を紹介したことで、知名度が一気に上がりました。

このころ、インターネットが普及し始めます。
1996年にロバート・ムナフォが「Large Numbers」という個人サイトを立ち上げます。
これをきっかけに英語圏のインターネット上でグラハム数やグーゴル($${10^{100}}$$)などの巨大数が広まりました。
一部の人々はネット掲示板で、"ギネスに登録された数"グラハム数より大きな数を作る方法を模索し始め、この流れが今のGoogologyの成立につながります。

日本の巨大数論はすこし違う経緯で成立しました。
1990年代に雑誌「日経サイエンス」で巨大数が特集されたことで巨大数が知られるようになりましたが、この段階では巨大数研究は純粋数学の範囲内で議論されるのみでした。

2002年に2ちゃんねるで「一番でかい数出した奴が優勝」というスレッドが立ちます。
そこでは各々が思い思いの数を投稿していましたが、ふぃっしゅっしゅ氏がふぃっしゅ数を投稿したことで巨大数の研究に火が付きました。
そのあまりの大きさ、洗練された手法に皆驚き、大きな数を作るという行為が予想以上に深い意味を持っていることに気が付いたのです。
その後もふぃっしゅっしゅ氏(後にふっしゅに改名)は日本の巨大数論の第一人者として、その発展に寄与しました。

2002年に「巨大数探索スレッド」が誕生します。2010年代までの日本の巨大数論は主にここで行われました。
巨大数探索スレッドは15スレ目まで続き、2022年に「巨大数を語り合うスレ」に移りました。
現在では、オープンな議論は主にTwitterやFandamの「巨大数研究wiki」で行われています。

このようにして、インターネット生まれインターネット育ちの特異な分野が成立したのです。


§2 巨大数論では何をしているのか?

巨大数論の最も基礎的な考え方は「巨大数を作るなら、急増加する関数を作ると手っ取り早い」というものです。
前回の記事の最初に紹介した「大きい数を書くゲーム」でも、足し算と掛け算だけを使って大きな数を書こうとするより、指数を使った方が効率よく大きな数が書けましたよね。
関数を作ると便利な理由として

  • 数を直接定義するより容易に大きな数を定義できる

  • 関数は合成などの方法で簡単に大きくできる

  • 巨大数論では急増加する関数同士を比べる方法が確立されているので大きさが把握しやすい

  • 関数の定義を改善することでより大きな数を作るときに役立つ

などが挙げられます。

現在の巨大数論の研究は「表記の開発」と「解析」に分けられます。

表記の開発とは、より大きな数をより簡単に扱える関数・方法を編み出す研究です。
先ほど関数を作ると便利だ、という話をしましたが、巨大数論では関数を書くための表記が作られます。
例えば、バシク行列システム、くまくま三変数Ψ、横ネスト段階配列表記などがあります。

解析とは、巨大数の表記同士の大きさを比較する研究です。
巨大数の表記同士を直接比べる方法と、急増加関数という道具をつかって順序数という数に対応させて比べる方法があります。

表記に対応する順序数が分かれば、順序数同士を比べるだけで表記の強さを比べることができるので、巨大数論において順序数はものさしのようなものになっています。

解析をする方法は2つあります。
一つ目は、表記がある順序数に対応することを数学的に証明することです。
これは理想形ではありますが、非常に高度な知識と労力が必要です。
対応する順序数が証明された巨大数としてはアッカーマン関数、ベクレミシェフの虫、ペア数列数などが挙げられます。

もう一つは表解析という巨大数論独自の方法です。
普通「解析」というと表解析のことを指します。
表解析は、巨大数表記の展開規則に従って小さな関数から順番に順序数を対応させ、最終的には表記の限界を推測する方法です。
非常に長い時間と労力をかけて職人技的に行われます。

ちなみに、解析が行われるのは計算可能な関数のみです。
世の中には計算不可能な関数というのがあって、それは普通の方法では解析できません。


§3 巨大数論の俯瞰図

巨大数論はそのアプローチによっていくつかの分野に細分化されています。

(1)計算可能巨大数と計算不可能巨大数

さきほど巨大数を作るときにはまず関数を作るというお話をしました。
実は、数学には計算可能な関数計算不可能な関数があります。
ここでいう計算可能性とは一般的な「計算できる」とは違い、「いくらでも時間とメモリを使っていいときに計算できる」という意味です。
私たちが普通目にする関数はだいたい計算可能な関数です。
計算できない関数の例としては、「特定のプログラム言語を使ってn文字以内で定義できる最大の数」などがあります。

じつは「計算可能である」というのは強い制約です。
計算不可能関数を使えば計算可能巨大数に比べてとんでもなく強い数を作ることができます。
例えば、ビジービーバー関数は如何なる計算可能関数よりも急増大する関数です。

計算可能な関数を用いて定義される数を計算可能巨大数、
計算不可能な関数を用いて定義される数を計算不可能巨大数といいます。
日本の巨大数論では計算可能巨大数の研究の方が盛んです。

計算可能な巨大数と計算不可能な巨大数では作るのに必要なスキルが全く違います。
計算不可能巨大数の方が圧倒的に大きいのですが、これらの数の大きさを同列に語るのは無粋なので巨大数のイベントなどでは計算可能部門と計算不可能部門が分けられることが多いです。

(理論的には全ての自然数は計算可能とも言えるのですが、そういう複雑な事情はいったん置いておきます。)

現在定義されている数で世界最大の数は巨大数庭園数という計算不可能巨大数だとされています。

(2)ボトムアップ系と理論系

ボトムアップ系と理論系という区別は広く浸透しているわけではありませんが、巨大数論が何をしているのかを把握する上で分かりやすい概念だと思うので紹介します。

理論系巨大数というのは数学、特に数学基礎論と呼ばれる分野の知識を用いて定義される関数です。
ある特定の公理系では全域性を証明できない関数などを構成することで数を定義します。

一方で、ボトムアップ系巨大数というのは小さい関数から拡張していくように作られた巨大数表記を用いて定義される計算可能巨大数です。

何を以てボトムアップ系巨大数とするのかは非常に難しいですが、

  • ある操作を繰り返して数を得る(一手書き換え的である)

  • 計算過程がフラクタルっぽくなる

などの特徴があります。

順序数表記を文字列で実装していると考えることもできます。

(3)数列系と配列系

現在はボトムアップ系の中でも数列・行列系と配列系が盛んに研究されています。
厳密な定義があるわけ概念ではないので、何を以て数列・配列とするかは人によって違いますが、今回はひとつのとらえ方として紹介します。

配列系表記とは、文字列と数の組を書き換えていくと数を得られるような表記です。
文字列に関する展開規則が定められており、文字列と数に何度も展開を施すと有限回(巨大数回)である文字列に到達し、計算が停止するように設計されています。
最も簡単なものにアッカーマン関数があります。
(アッカーマン関数は関数なので、厳密にいえば配列表記ではありません。)

配列系表記はその展開過程でネスト構造(入れ子構造)が出現するという特徴があります。

アッカーマン関数の計算過程

数列・行列系は数列/行列と数の組み合わせで数を定義する表記です。
数列と数にある操作を繰り返し適用すると有限回で数列の要素が0個になるように設計されています。
数列では配列系のようにネストが表現できませんが、その代わりに数がどんどん大きくなる「上昇」とよばれる現象が起きます。
代表例としてバシク行列システム、Y数列などがあります。

下の画像はバシク行列の計算過程です。
先ほどのアッカーマン関数の計算過程ではネストは増えるたびに登場する数が小さくなっていましたが、バシク行列では数が大きくなっています。

バシク行列システムの計算過程

§4 オススメの解説動画・記事

巨大数はインターネットで発展したため、主な情報源はインターネット上にあります。

最も包括的なソースは巨大数研究wikiです。
大抵の巨大数はここに載っています。
どんな数があるのか知りたければ数の一覧関数の一覧のページがオススメです。


巨大数にはじめて触れる方にはニコニコ動画の不見さんやアスターさんのゆっくり巨大数講座の動画がお勧めです。

巨大数を解説したYouTubeチャンネルはいくつかありますが、幅広く巨大数を解説している西宮七南さんがお勧めです。


巨大数をまとめた書籍としてはふぃっしゅ氏の「巨大数論」があります。
始めて触れるにはちょっと難しいですが、入門から発展的な内容まで幅広く網羅されています。


巨大数を題材にした漫画として小林銅蟲氏の「寿司 虚空編」があります。
カオティックな絵柄でありながら、巨大数の面白い解説がされています。


pixiv百科事典に最近の巨大数の研究がまとまっています。
とてもクオリティの高いページなのでおすすめです。


最後に

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は巨大数特有の概念である配列・数列について紹介しましたが、この他にも様々な方法が考案されています。
興味のある方はぜひ色々な巨大数を調べてみてください。


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