ヤクザの栄枯盛衰

「おはようございま〜す。○○の〇〇ですー。」

今日は80代独居男性の朝ケアからスタートだ。

郵便ポストを確認する。
軋む小さな扉は、築年数の古さを際立たせる。

鉄階段は塗り直しを繰り返して
古い難波船みたいな肌だ。

中に入ると、認定調査の途中だった。
ケアマネと区の調査員。

本人は4畳間の布団から出てこない。
換気をしないため、空気が淀んで
リアルな昭和の匂いがする。

「窓開けて掃除機がけからしますね。」


聞き取り調査が長引きそうなので、
服薬確認は後にし、先に環境整備に入る。

となりの3畳間には「洋品店」で買った
と思われる服がたくさんだ。

様々なスラックスに、令和の今ではクラシック
過ぎる柄のシャツにトレーナー。

当然ながら、ファストファッションのそれとは
レベルが違う。


『あの方和彫りが入ってるでしょ?もともと
ヤクザやってたみたいなんですよ。、、、、、うちがケアに入るまでは台湾人の友人が身の回りの世話をしていたみたいです。』


夏の暑い日。更衣介助の為に丸首シャツを
脱がすと、これまたクラシカルな
(ひょっとこ)と(おかめ)がでてきた。
ガク と呼ばれる縁取りはない。

ヤクザはヤクザでも、見栄をはらないタイプ
だったのだろう。


脂肪が落ち、シワが目立つ肌に
入れ墨の朱色が痛々しい。

『若い頃はそれなりに金はあったみたいです。
なんか商売をしていたみたいで。しかし時代ですかねぇ。上手く行かなくなってからは家族も離れて一人になってしまったらしいです。』

上司の利用者様の情報はいったいどこから。。。


「いててっ!、、、。あ~いたぃ。最近腰が痛くて起きれないんだ、、、。ごはん?、、、。ああ。そこ置いといて。」


デイサービスで一度転倒してから
何故か拒否が多くなった。
認知症の進行と事業所では当たり前のように
いうが、本当のことなんて当事者本人にしか
わからない。


表情からはあきらめが見える。
全てを老いに任せたといわんばかりだ。


「食事は以前からあまり摂らない方で。
1日2食食べるかどうかという生活されてたので
買い物は必要最低限で大丈夫です。宅配弁当もありますし。」

まいばすけっとまで銀チャリを走らせ
ランチパックたまごとポカリ、野菜ジュースを買う。

喫茶店で軽食をよく食べていたようで
パンがよく進む。


「、、、、、。では私は今日これで失礼いたします。
洗濯物と掃除機がけしておきましたから。
また明日違うヘルパーが参ります。」

『あぁ。おう。ありがとう。ありがとうございました。』

骨ばった腕を上げて挨拶してくれた。


ねこの額ほどの玄関に置かれたNIKEのランニングシューズだけは異様にピカピカだった。


昔から不良はNIKEが好きらしい。
ローファーはほこりと醤油をかぶっていた。


「はぁ。疲れた。」と階段を降りながら思わず口走る。


アウトローもそうでなくとも、寂しい老後だけは
過ごしたくないなぁと 銀チャリに鍵を差しながら思う。

でも、認知症になれば本当のことはわからない。

本人は幸せかもしれない。
当たり前とされている幸せを勝手に当てはめて
人をどうこう言う権利は誰にもない。


時計をみると次のケアの時間が迫っていた。

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