【ルーザー=デッド・スワロゥ】 第3話
「【魔神】との契約には、代償が伴う。【騎士】という強大な存在へ転生を遂げるのと引き換えに、その人間は己が身体の機能を一つ、供犠とするのだ」
『…………』
「解せぬ、という顔だな。それは、供犠が声であったことか? それとも、わたしと「こえ」で通じ合えていることか?」
『いや、お前……今、契約の代償で俺は声を失ったって』
「声ではない。絆だ。契約者たる【騎士】と【魔神】を繋ぐのは」
『……じゃあ、これは、その代償とやらのオマケか?』
気づけば囲まれていた。
全員、武装している。詳しい知識はないが、理解はできる。おそらくこいつらは、兵隊だ。
身に纏うのは、甲冑の類だろう。造りや形状は大分違うが、手にするのは刀や槍の類。
敵意からの注目を一身に浴び、しかし、返すことも振り払うこともできない。言葉が分かるのはいい。ただ、返せなければちゃんと分かっていることにはならないのだ。
『どうすんだよ、相手と意思の疎通ができねぇぞ。洒落になんねぇよ。やべーよ、マジでやべーよ』
「案ずるな。減らず口など、あって百害だ。声などなくとも、このわたしが楽しませてくれる。この楽しい【異世界】を、楽しく導いてやる。お前はこの【魔神】ディスコルディアの【騎士】。余計な不自由だけはさせぬ」
『見えてねぇからって、好き放題やりたい放題言いたい放題しやがって!』
浴びせられる悪態に、しかしディスコルディアは愉快そうに笑うだけ。
【名無し】の剣士を含む【騎士】たち以外に存在を認識されないという【魔神】にしてみれば、愉快な見世物なのだろう。
「なにをしている!」
兵隊の囲みを割って、一人の人物が進み出てくる。【名無し】の剣士は目を大きく見開いた。
『女!?』
「ガーネット大尉、お待ちください!」
ガーネットと呼ばれた人物は、女だった。雪のように白い肌、赤みがかった黄金色の長い髪、赤い貴石を思わせる目。日ノ本の国の人間が持てぬ美しさを持つ。
正直、衝撃を受けた。女が甲冑を纏うなど。
「何者か知らないが」
しゃらんっ!
【名無し】の剣士に対し、ガーネットは腰から得物を抜く。
「軍務執行妨害だ。同行を願おうか」
敵か味方かどうかは、分からない。自分たちが追う亜人を、そうとは知らず捕まえてしまったという可能性がないわけではない。
だが、話はそれ以前だ。正直言って、ガーネットは驚いている。
相手の奇妙な出で立ちに、ではない。胴に巻いた灰色の長布に挟むようにして帯びている、その得物に。
武器属性:剣
武器名称:刀
発動させたスキル【鑑定眼】に、武器ステータスが表示される。
ここまでなら、同じようなものを今まで何度も見ている。
武器「固有」名称:村正/仇喰偐魔
武器階位:【オリジナル】
「「異なった」世界の技術で造られたもの、だと?」
同じようなものを、ガーネットは二つだけ見たことがあった。
一つは、ガーネットを含むこの場の全員が絶対の忠誠を誓う【黒竜帝国】、その頂点に座す皇帝陛下にして全軍司令官がかつて師事した【騎士】井上源三郎から譲り受けたという、奥州白河住兼常。
もう一つは、皇帝陛下の片腕、【騎士】土方歳三が振るう絶対無敗の人斬り刀、和泉守兼定。
かつて【転生者】がチートスキルで召喚し、魔王と魔王が率いる亜人と魔物の軍勢と戦うために使用した、「異なった」世界の技術で造られたもの。
【転生者】の死後、残されたそれらは九割九分使い物にならなくなったというが。
「なにブルってんですか、大尉殿?」
威圧を与えるよう鎧をガチャガチャ鳴らし、進み出る者がいた。
見上げるような巨漢の兵士だ。名を、オルカという。
「優しく言って分からないなら、少し痛い目みせてやればいいでしょうが」
そう言って、オルカは手の得物をじゃりじゃり鳴らす。意図に気付いた兵士たちが、その周囲から撤退を始める。
太い鎖だ。その先端にはごつい棘でコーティングされた鉄球がある。
オルカはこの場の全員に見せつけるよう鎖を引っ張り、鉄球を側に寄せて振り回し始めた。
初めはゆっくりと。徐々に速く。オルカの頭上で、鉄球が唸りを上げる。
相手は動かなかった。
「おらぁ!」
剛力を発揮する際隆起した筋肉に押されたのか、ぎしり、と鎧が軋んだ。
咆哮と同時に、鉄球は飛ぶ。まったく見当違いの方向へと。
流れ弾ならぬ流れ鉄球となって、木々を破砕する。
しかし、オルカは最期までそれを知ることはない。
轟音ッ!
知る間もなく、吹っ飛んでいたからだ。
「……は!?」
【名無し】の剣士は、唸りを上げて回転する鉄球をただ見ていた。正直、この程度で身構えるまでもないからだ。
咆哮が上がる。鉄球が、飛ぶ。
それよりも速く、【名無し】の剣士は疾走していた。
最中、抜刀。その際的を、鉄球を繋ぐ鎖を斬る。
『脳天、がら空きだぜ』
実際、相手は勝利を信じて疑っていなかった。殺すに叶う蹴りを顔面に喰らって吹っ飛ぶ、最期の瞬間まで。
全員、ぎくしゃくとした動きで振り返る。 オルカは、崩れ落ちていた。切断された鎖を手に、顔面を無残に陥没させて。
やってくれたのが件の相手だと、一体誰が信じただろう。
「やりやがったな!」
怒声が迸る。全員、得物を抜き放つ。
「かかれ! 殺せ!」
ぶつけられる凄絶な怒りに【名無し】の剣士は笑って答える。
『面白ぇ! かかってこいよ!』
月の光を浴び、刃が青ざめた死のような冷たい輝きを帯びた。
そして、血風が立つ!
ガーネットは、後方で竦み上がっていた。魔物避けの香を焚き、あらかじめ雇った冒険者が開いた道を行き、「悪」しき亜人どもを討伐するだけの、楽な任務だったはずだ。
それが、今やこの世の地獄だ。部下は全員、死体となっている。
「ひ、ひぃっ!」
目が合う。闘争本能にぎらつく目と。
相手は、ただ楽しそうに笑っていた。戦いを、なにより殺戮を、心から楽しんでいる。
血塗れの刃が向けられる。
「いやああああっ!」
不思議なことに、切迫すればするほど気持ちが昂っていく。
敵は、三十人。正直、一人で相手をするのに苦戦する数だ。
しかし、それは一対三十の場合。
斬撃が一閃、血飛沫が舞う。
一閃は必殺、身体が砕ける。
必殺の斬撃、命が吹き飛ぶ。
一対三を十回繰り返せば、余裕で勝てる。
刀を振るう都度、五感が研ぎ澄まされていく。それらは収束し、身体の深い部分にまで浸透していった。
臓腑が興奮の熱を帯び、血が滾る。魂が昂る。
これが、戦い。これは、その醍醐味。
『へへっ……!』
【名無し】の剣士は、口元が和らぐのを感じていた。
そして、最後の一人を斬ろうとする。
女だが、構うものか。戦場に、男女の差別はありえないのだから。
死にたくなければ、わざわざ武装してこんな所に来なければいい。
オルカが謎の男を挑発するのと同時に、ハインツは森の中に身を潜めていた。
勿論、立派な軍紀違反だ。でも、ハインツはそうせざるをえなかった。最悪の予感がしたからだ。結果としてそれは、ハインツを救うことになった。
オルカが、倒される。
同僚たちは、一斉に感情を怒りで塗りつぶした。
止めるべきだった。血風に飲まれ、消える前に。
意志を持つ殺戮は、人の姿をしていた。
「ひっ!」
助かったのは幸運ではなかった。ハインツが有する、状況の空気を読む能力だ。
「逃げなければ!」
ハインツは、相手が何者か知ろうと思わなかった。
知れば、抵抗できなくなる。心が砕ける。恐怖は鎖となり足枷になる。
死の予告が耳元で囁かれる瞬間、しかし、ハインツは奮い立つ。そうさせたのは、女の絶叫だ。ハインツたちを率いていた上官、ガーネットのものだ。
左腕にはめていた、腕輪型アイテムストレージを作動。ウミガメの卵ほどの大きさの灰色と白の球体、煙幕玉と閃光玉を取り出し、手に握る。ピンを抜き、投げる。
轟音と閃光。鈍色の煙が、もうもうと上がる。
魔物に囲まれた際、攪乱と逃亡のため使うアイテムが発したものに、相手が怯むのが見えた。
ハインツは飛び出す。走りながら、指笛を鳴らす。
「立てますか!?」
へたり込んでいた上官の側に駆け寄る。肩を貸して無理矢理立たせた。
タイミングよく、大型のシルエットが飛び込んでくる。指笛を聞いて駆けつけてきた、ハインツの愛馬だ。
騎乗し、上官も騎乗させる。手綱を取る前に、アイテムストレージに残っていた煙幕玉と閃光玉を、ありったけぶちまけた。
愛馬が地を蹴る。その場からの離脱と同時に、轟音と閃光。
ハインツはそれに乗じ、その場から逃げ出す。
『逃げられたッ!』
「致し方あるまい。しかし、素晴らしい!」
舌打ちし、咳き込む【名無し】の剣士の傍らに、ディスコルディアは降り立った。
【名無し】の剣士の大立ち回りを、ディスコルディアは見ていた。
纏うのは、炯々と燃え上がる殺意。
歓喜に輝く、闘争に飢えた目。
刃を濡らす、殺戮の欲求。
しばらくして、煙が晴れる。死屍累々の惨状が露わになる。
「フーフフ……この程度、オードブルにもならならぬというか! 嗚呼……お前はこの先、この世界で、どれほどの血を流させ、どれだけの命を刈り取り、どれだけ以上の魂を吹き飛ばすというのだ!? フフ、楽しみだ……フフフ、フーフフフフ!! わたしは、とてもとても楽しみで仕方ない!」
【名無し】の剣士は、自分に向けて燃やされる、真っ黒な焔のように昏い欲望に気付いていない。
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