ヒッピーだった人に恋をした話
◆ときめきは、突然訪れた。
それはとある職業訓練スクールでのこと。これから1年をともにするわたしたち生徒に、先生が自己紹介をしてくれた。
「僕、もともとヒッピーだったんだよね。」
そのたった一言で、わたしの先生に対する視線に熱が帯び、胸が高鳴るのを感じた。それを聴くまでは正直苦手なタイプだと思っていたのに、”ヒッピー”というキーワードだけで先生はいきなりわたしの意中の人になった。
・・・だって、おもしろすぎるんだもの!!
ヒッピー先生は見た目がちょっと強面で、とてもクールそうで、厳格な職人気質の人という印象だった。丁寧なモノづくり一筋、真面目一直線で生きてきた冗談も通じないようなタイプだと勝手に思い込んでいた。
そんな人にヒッピーだった過去があるって・・・。それまで抱いていたイメージとは正反対で、わたしの中でそのギャップがそれはもうツボにはまってしまって、とにかく先生のことをたくさん知りたくなった。
◆悲しみがもたらしたかけがえのない時間
わたしの先生への気持ちが揺るぎないものになったのは、ある出来事がきっかけだった。
先生が所用で欠勤した日、実習中にとあるクラスメイトに心ない言葉を投げかけられた。その場では平静を取り繕っていたけれど、大好きな先生がいない寂しさもあいまって、わたしは心を保てなくなった。
そしてその翌日、別の友達にフォローしてほしくてわたしが落ち込んでいることについて話したら、最初こそ優しい言葉をかけてくれていたけれど、最終的にはわたしの心の傷をより深くえぐられてしまった。
ああ、わたし、もう完全に自分を保てない。そう思い、先生に
「今日はもう無理です。早退させてください。」
とお願いしに行った。普段と明らかに様子が違うわたしの気持ちを察して先生は
「泣きたい時は泣けばいい。少し休憩して一人になったら?」
と言ってくれた。そしてわたしは誰もいない教室に行って一人で泣いた。それでも気持ちは晴れることがなくて、やっぱり帰りたいと申し出た。そしたら先生は
「・・・話、すっか。」
と言って実習中にも関わらず、わたしを自分のバックルームに連れて行ってくれた。そしてそこで丁寧に日本茶を淹れて、わたしに出してくれた。
それは、以前大好きなお茶屋さんに行った時に店主さんに習ったのと同じ淹れ方で。器をきちんと温めるところから始めるお茶の作法。正気を保てなくて半狂乱になりかけてるわたしのことを気にかけながら、美しい所作で淹れてくれたお茶のぬくもりと美味しさといったら・・・。もうただただ感動モノで。
そしてわたしの話を一言一言丁寧に聴いてくれて、その間一度も口をはさむことなく、ただ傷ついたわたしの心に寄り添ってくれて。
心地よい、ってこういうことなんだなあ・・・。
そう思った。立て続けに2人のクラスメイトに心をえぐられて、やり場のない悲しみの元で途方に暮れていたわたしは、そのおかげで大好きな先生とかけがえのないひとときを過ごすことができた。彼と彼女のひどい仕打ちは、結果的にはわたしの先生に対する想いを決定づけるギフトになった。
◆いつかこの想いを忘れてしまう前に
妻子持ちの先生への気持ちは、我ながら笑っちゃうほどの純愛で。わたしは何度か先生に好きだと伝えたけれど、先生に「わたしのこと好きですか?」って聞いたらいつも「嫌いじゃないよ。」って。
星占いによると、少女のように繊細な乙女座男性にとって「嫌いじゃないよ。」は「君のことが大好きだよ。」と同義なのだとか。ことの真偽はともかく、奥さんのことも「嫌いじゃなかったから結婚した。」って言ってたくらいだから、とりあえず否定的な意味合いではないのだろう。
わたしの気持ちを知ってて、突き放すわけでもなく、かといって期待させることもなく、絶妙な距離感で大事にしてくれていた先生。
卒業してからも時々会いに行っていたけれど、今年の6月にわたしが引越しをしてからは会えなくなった。先生のことを想っている限り、わたしにいい人が現れないであろうことを心配してくれていた先生。
でもたぶん、いつかこの想いも風化してしまうから。
その前に、先生への愛しさがちゃんと熱を帯びているうちに、どこかに書き記しておこうって思った。たとえ片思いでも、誰かを想うことの喜びを思い出させてくださって、本当にありがとうございます。いい人がちゃんと見つかったら、先生がわたしに淹れてくださったように丁寧にお茶を淹れてあげますね。
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