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沖縄の風に吹かれて 第10話

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高い不動産、高いもやし、安い定食

 興南の宮城君はたぶん、なんとかして私を沖縄に居つかせようと考えていたのだろう。

 沖縄滞在中は嘉数高台公園の近くにいる私だが、以前は北谷でワンルームのマンションと呼ぶべきかアパートと呼ぶべきかわからない微妙な部屋を借りていた。お洒落な外観ではなかったけれど、ベッドから出てカーテンを開けると眼前に広がる東シナ海。ウチナーンチュならご存じであろうアラハビーチの海賊船で遊ぶ子どもたち。あっという間に洗濯物を乾かしてくれる海風。犬が飼えないという点を除くと完璧であったが、さくらが我が家にやってくると同時に引っ越すことにした。

その部屋から見える風景がこれ

 北谷の部屋を借りる際、宮城君は自分の車に私を乗せてあちこちの不動産会社をまわってくれた。ばーんと海が広がる部屋はないですかと、私ではなく興奮しながら話す宮城君。物件を見に行きましょうとそそくさと席を立つ不動産会社の営業マンと宮城君。ホテル住まいだととてつもなく高くつく。部屋を借りたほうがいいなと言い始めたのは確かに私だけれども、積極的だったのは明らかに彼のほうだった。

 アメリカンビレッジから少し北に行ったところのマンションを見に行ったことがある。分譲だと言うので、甲子園の自宅でさえローンが終わっていないのに払えるわけがないじゃないかと申し上げる。少しがっかりした表情の宮城君。彼を元気づけようと思ったわけではないが、不動産屋に「ちなみにいくらなんですか」と聞くと、「こちらの2LDKですと4000万から5000万というところですね」とあっさりおっしゃる。え?ここが?この部屋でその値段?下手すると大阪のほうが安いんじゃない?

 聞くと、中国の方々や有名な芸能人がキャッシュで買ってくれるのだと言う。「ところでお買い上げの場合はキャッシュですか」と言うので、アホなこと言うたらあかんわと思わず関西弁が口をついて出た。5000万をぽんと払えるぐらいなら、まずは自宅のローンを返すっちゅうねん。

 次の物件を見に行きましょう!と宮城君。購入する気もないハンビーの新築分譲マンションを見学したあとに目に入ってきたのが先に書いたアラハビーチ前の賃貸マンションである。ベランダに大きく「空」とある。部屋に入ると、これも先に書いたとおり、ばーんと東シナ海が目に飛び込んできた。家賃を聞くと5万円。この狭さで5万かとも思ったが、目を覚ましたら海が広がっている光景が捨てがたく、契約することにした。そこは3年ほど借りていた。アメリカンビレッジや宜野湾の花火がベランダから大きく見えた。

沖縄のお友達とさくら

 沖縄はどこも家賃が高い。古いところでも、風呂が無いところでも、けっこうな値段を提示される。家を買うことはないと思うけれども、仮に買うとすれば日本一住みやすいという評判の兵庫県西宮市で同じサイズの不動産を買うより値が張る。築40年の家に一億円以上の値がついている。これでは沖縄の人たちが住めないのではないかと聞くと、外国の人たちがどんどん買ってくれるというのである。投機目的なのか賃貸物件なのかはわからないが、異常に高い。「うちなーらいふ」という沖縄不動産のホームページでご確認あれ。

 高いで思い出したのが沖縄の野菜である。県外の人たちよ、沖縄ではもやしが100円もすることをご存じか。ファーマーズマーケット、JAの市場、道の駅でもかなり高い。島らっきょうやゴーヤーなどの県産品は安いのだけれど、日本のあちこちから輸送されてきた野菜たちはどれも高級品である。輸送費がかかるのだから当然じゃないかとのたまうかもしれないが、生活に直結する野菜の値段が高いのは、私のようなチャンプルー好きにとっては痛手である。野菜炒めにもやしを入れる気にならず、単なるゴーヤー炒めになってしまう。

 さて、ここからが本題。最近、沖縄の象徴とも呼ぶべき大衆食堂がここかしこで閉店している。そりゃ中にはお店の人が高齢で続けられなくなったというケースや跡取りがいなくてというケースもあろう。しかし、賃貸料と野菜価格高騰によって、豆腐チャンプルーから三枚肉の枚数が減り、ついには消え、キャベツが減り、最終的には店ごと消えるのである。多くの大衆食堂には長年のファンがいる。閉店当日はものすごい行列ができる。閉店してほしくないのにと悲しい気持ちで列にひとりまたひとりと並ぶ。最後の定食を食べるために。

 一緒にラジオ番組を持っているひーぷーさんに、閉店するぐらいなら定食の値段を上げればいいのにと言ったことがある。ものすごい量のとんかつやからあげ、ライス中を頼んだはずなのに大きい丼にてんこ盛りのご飯、お店によっては頼んでもいない沖縄そばまで付いてくる沖縄大衆食堂の定食である。これで600円から800円ではやっていけるわけがない。安い安いと喜んでいるとどこもかしこも閉店に追い込まれるのに違いない。それぐらいなら値段を適正価格にまで上げればいいと考えるのは私がウチナーンチュではないからだ。

 ひーぷーさん、少し頭を傾げたあと、お客さんのことを考えると値段を上げられないんですよ、そういう人たちなんですとおっしゃった。論理的に考えればお店を続けてくれたほうが客は喜ぶのではないかと思うのだが、値段を上げるオプションを選ぶのは心苦しいというのが心優しい沖縄の人たちなのであろう。

 お勧めの大衆食堂については別のページに挙げさせてもらうが、その食堂だっていつ閉店するかわからない。お店の方々は賃料と物価が高くて本当に大変だと思うけれどもなんとか継続していただきたい。ポーク卵定食やへちま味噌炒め定食など、沖縄の食堂でしかなかなか食べられない定食をいつまでも私たちに提供していただきたい。そのためには、心情的に値段は上げづらいんだろうなと思うのだけれども、お店がなくなることを思えばちょっとぐらい本当に上げていただいてもかまわない。そう思っている人のほうが多いんじゃないかな。


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