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【小説】クお白チ 106【第一期】

二人でいるところを見つかったらまずいので、キスをしてラブはすぐに帰らせた。正門の左側にある『○○○女子高等学校』と書かれた銅製の看板の溝を指でなぞった。学校を見ようと思って顔を上げようとしたけど、すぐに顔を下ろした。看板のある塀に寄りかかって、しゃがみ込んだ。ポケットから鞄に入れ替えてあった9個の石をまた並べた…穴は空かなかった…

目の前に親方の車が止まった。懐中電灯を持って下りて来た親方が
「終わったか」
「終わったね…」
「廃材処理を確認するから一緒に来い」
「疲れちゃったから、ここにいるよ…」
「……そうか」
親方は少しだけ開いた正門から中へ入っていった。車に乗ると学校が見えるから、そのままそこにしゃがんでた…9個の石をポケットに入れた

親方が戻ってきて、正門をガラガラガッシャンと閉めた…終わった…ムックが言った『さよなら』って言葉が聞こえた
「寿司はやめとくか?」
「なんでよ。行こうよ」
「忙しくて今日しか時間がないからな」
「そうだね」

親方が気をつかってくれて、俺の家の近所の寿司屋に入った。家には遅くなるって電話をしといた。ビールを1本とウーロン茶を頼もうとしたので、ビール2本にしてもらった
「今日は飲むのか?」
「飲みたいんだよ…」
「乾杯でいいか?」
「工事が完成したんだからカンパイでしょ?」
「おまえそういう雰囲気じゃないぞ」
「分かるんだ…」
「女の子達と別れて寂しいんだろ?」
「ちょっとね…」
「ちょっとって顔じゃないぞ?」
「いいよ。カンパイしよ」
「じゃ、乾杯」
「俺の手先にカンパイ」
「あははっ」
普段一滴も飲まない俺が飲んだから、親方の機嫌は良かった。自分の現場であった話しや彼女達の話はしなかった。親方もそれらの話はしないでくれた
飲めない酒をしこたま飲んだ。最後には手酌でガバガバ飲んでたら、親方が止めた。あんまり酔っぱらってなかった。二人でビール大瓶39本
寿司屋を出たら雨が降ってた。断わったんだけど、親方が傘を持たせてくれた。親方が車で発車するのを見送ってから、家の方へ歩き出して途中で向きを変え、自販機で缶ビールを5本買った。ビールを飲みながらその辺をうろうろ歩いた。暗くて静かな公園を見つけた。雨も風もどんどん強くなってきてた。公園の青いベンチに座り、鞄からタオルを出して敷き、その上にプレゼントが入った鞄を置いて、ベンチの隙間に傘を刺して濡れないようにした。俺はあっという間にびしょ濡れになった
ビールをあおった。タバコを出したら濡れていた。そのままグチャッと握りつぶして、ゴミ箱に投げた。ゴミ箱に当って跳ね返り、風に飛ばされそうになるのを強い雨が止めた
ポケットから9個の石を出すと、濡れて少し色が違って見えた。持っていたビールの缶をベンチに置くと、風で倒されてそのまま砂場まで転がってどこかへ消えた。膝に両肘を付いて、石を持っている両手を額にあて祈った。なにを祈ったかは分からなかった
背中を、頭を、所かまわず大きな粒の雨が叩いた。風が体中を撫で回した。傘が飛ばされそうになったので、押さえた。缶ビールを開けてあおった。後ろで車が止まる音がしたけど振り返りもしなかった
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
俺の顔を見たら相手の態度が急に変わった
「なにしてるんだ?」
「ビール飲んでるんですよ」
「おまえ未成年だろ。ちょっと派出所まで来い」
なにも言わずに、財布から原付免許を出した
「失礼しました。この辺、変なのが多いから気をつけてくださいね」
もうなにも言わなかった。傘を差した警察官をみたのは初めてだった
ベンチに置いた石が一つ足りなくなっている事に気が付いて焦った。緑色の石…ラブの石…ベンチの下を覗いたら、やっと手が届く位のところにそれはあった。ホッとした…
ベンチの前にしゃがみ込んで、左手をベンチにかけて右手を伸ばした。さっきラブをだっこした時に左肩の筋をおかしくしたのを思い出して、可笑しくなった
ラブ色の石を握った瞬間に足に痛みが走って、そのままこけた。水たまりになっている公園の土の上でゲラゲラ笑った…涙が止まらなかった…大粒の雨が顔に当ってそれを見えなくしてくれた…
泥だらけのままベンチに座って、雨に9個の石をかざして泥を洗い落とした。傘の下に潜り込み、タオルを一枚出して9個の石を包んで、今の俺の気持ちのように絶対にバラバラにならないようにした
最後のビールの一口を飲んで、歩いてゴミ箱に捨てに行った。Tシャツの中へ石を入れた。左手でそれを支え、肩まで傘に潜り込み右手で傘を支え、鞄を枕にして横になった。ラブの袋と、みんなのタオルの箱とお守りの感触が頭に伝わった…
変な柄の傘だったけど、大粒の雨と俺の涙はちゃんと分けてくれた…
体だけに叩きつける雨が俺を励ましている様に感じた…
強い風が俺の耳を塞いでくれている様に感じた…
9個の石が俺の心の穴を閉じてくれる様に感じた…
心地良かった…

大雨、大風の中、八人の妖精に抱かれて静かな心で眠った…

第一期終話

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