電車の窓から6

2020年4月24日

せめて、生活リズムをヒナと同じにしたくて昼間に私も眠ることにした。
眠くない、眠くないと呪文のように頭の中で繰り返すが、案外すぐに眠ることが出来た。

人が動く気配がして、目を覚ます。
「また寝てたの」
ヒナが鏡越しに笑う。ヒナは化粧をしている途中だった。
「うん、私も夜に起きてようって思って」
頭がふわふわする。本当はまだ眠りたいくらいだった。
「ご飯でも作ろうか?」
「そうして貰えると助かるよ、そこにある食パンをトーストにしてくれる?」
私は食パンを取り出すと、オーブントースターの中に入れて焼き上げた。
焼けるのをじっと、トースターの前で待っていると、笑いながらヒナが近づいてきた。
「ずっとそこで待ってんの?」
「うん、焦げたら困るし」
「へぇ」
ヒナは冷蔵庫を開けると、バターを取り出す。
「お皿はここ、ナイフはここにある。バター乗せて溶かしといて」
引き出しをふたつ開けると中に入っているものを指さした。
「あ、バターはあとから乗せるので大丈夫?先に乗せる派?」
「いや、どっちでも……」
「よし、それじゃいいね、頼んだよ」

月明かりの中、ヒナはパーカーに着替える。昨日と同じようなパーカーだ。
皿にトーストを盛り付け、バターを一欠片トーストに乗せる。バターをじっと溶かして伸ばす。
机に持っていく。ヒナが席についてトーストをヒナが食べる。
「うん」
少しだけ妙な顔をした。
「まぁ、いっか」
私もトーストを食べる。初めにバターを溶かした場所だけ味が濃い。他はほとんどバターが塗られていない気がする。
「ありがとう、それじゃ行くからさ」
「待ってるね」
ヒナは今日もスニーカーを突っかけて家を出る。
「そうだ、あれ、冷蔵庫の中にあるの好きにしてていいからさ」
「うん」
ヒナが扉を開ける。
「ね、朝ごはんは居るの?」
「用意してくれんの?それなら用意してくれた方が嬉しいな」
ヒナは私の肩に手を置いた。
そして、何かに迷うように手を引っ込めた。
「じゃ、行ってくる」
「うん。気をつけて」
ヒナは行ってしまう。また、ベランダから小走りで消えるヒナを見送る。
道路に出る直前で、ヒナが振り向いた。
私に向かって簡単に手を挙げる。
私も手を挙げる。
月明かりの下、ヒナの目がこちらを見ていることが分かる。
ヒナは丸い目を化粧で釣り上げている。笑うと猫みたいだった。

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