電車の窓から18

2020年5月6日

言い残すと、まだ夜なのに、ヒナは眠った。
黙々と、眠っていた。
15分だけ、と言っていたけれど、相当疲れているようだ。15分を過ぎても起こさなかった。
すぅすぅ、ヒナの息づかいが聴こえてくる。
ずーっと、ずーっと、ヒナの声を聴く。
ヒナの声を聴くだけで、気持ちが落ち着く。
そのまま、じっとしていたかった。ゆらゆら、揺らめく波の音を聞くように、遠くの電車の音を聞くように。また、滝の音、風の音。
全部、私の知らない音。平穏な音。
電車の音だけは、ここに来てから体感できた。初めてのこと。
知らなかった。あんなにうるさい物が、遠くで静かに聞こえていれば、穏やかなのだと。
ヒナの寝息は、それと同じ平穏だった。真っ暗な闇の中。落ち着いた、夜の中。鈴虫ひとつ、鳴かない夜に、ヒナの命の音。
私の音はどんなものだろうか。自分では分からない音。
外に出て、煙草に火をつける音。これも、平穏。私の命の音は、これと同じ音がいい。
ガラス戸を閉めると、ヒナのシルエットが、すりガラス越しにぼんやりと見えた。
けれど、あの吐息、命の音は確かに聞こえる気がしていた。
煙が、闇に溶けていく。このままここで私が消えたら、ヒナはどんな顔をするだろうか。

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