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MLB投手における広背筋と大円筋損傷のシステマティックレビュー

アマチュア&プロ野球界隈で一番頻繁に見かける上肢の怪我と言えば肩の関節唇損傷やローテーターカフの肉離れかと思われますが、近年特に投手たちの中で広背筋や大円筋の肉離れの件数が右肩上がりで伸びてきています。

Jobe氏が称えた『投球メカニズム』の中で、広背筋は加速フェーズ中に最も筋活動が高くなり、その後の減速フェーズ→フォロースルーまでその活動を維持しています。解剖学的には大円筋は滑液嚢を挟んで広背筋の後ろに位置しています。お互いの腱繊維が下部で結合することで動作メカニズムにおいて相乗効果的な働きがあると考えられています。

この論文の主旨は広背筋&大円筋の肉離れ、もしくは腱剥離においてどちらの治療方(手術vs非手術)が取られたかを調べることで、医療スタッフがこれらの怪我に対して最適な判断を下せるようにアシストすることです。

この論文ではまだ広背筋&大円筋損傷の件数が少ないと書かれていますが、2023年現在で米国メジャーリーグ、もしくはマイナーリーグでこれらの怪我はレベルに関係なく毎年ある一定数発生するようになりました。今回は純粋にこの論文を要約しているので、情報が少し古いな、と感じるかもしれませんが、そこはご愛嬌でお願いします。

データの算出

今回はMedline Databaseで広背筋、大円筋、野球などのキーワードを検索された論文を更に細かく条件をつけて最終的に絞られた5つの論文のレビューしています。

結果

非手術のオプションの場合

5つの論文のうち4つは患者に対して非手術のオプションのみ使用していました。怪我の発生からのフォロー期間は平均で26.3ヶ月でしたが、論文を書いた著者によって期間にかなりバラつき(8ヶ月〜82ヶ月)がありました。
フォローされた患者の数は合計で30人で、そのうち29人に非手術のオプションが採用されました。患者の平均連例は26.8歳(22〜28.1歳)で、怪我の詳細は広背筋の腱剥離が2件、大円筋の腱剥離が4件、両方の腱剥離が1件、広背筋の
肉離れが7件、大円筋の肉離れが9件、両方の肉離れが6件でした。

治療プロトコル

治療とリハビリのプログラムには様々でしたが、基本的には似たような手順を辿っていました。怪我が発生した直後は同筋肉のストレッチにフォーカスして、ステロイドや抗炎症剤などの薬剤療法、冷却療法、またその他の治療法が用いられていました。これらの治療で患部の痛みが完全取り除いて、さらに肩の可動域が怪我をする前の状態にまで回復してから次のステージ=筋力トレーニング&投球プログラムに進んでいます。

投球プログラムを行った際に再び痛みが出た場合は、痛みが引くまで投球動作を控えます。怪我する前の筋力、可動域、さらにマウンド上から以前と同じ球速を達成するのが投球プログラムの目的です。この論文の著者も彼らとほぼ同じ治療プロトコルを使用しており、一般的な投球プログラムを4週間行ってマウンドからのピッチングを2週間行っています。筋力トレーニングの際には肩だけでなく、コア、下半身の強化に加えて心肺機能の向上にもフォーカスしています。シーズンが終わる前に競技に復帰した選手は平均で99.8日(72.3〜182.6日)で復帰しています。

怪我の再発&その他の問題

怪我をした箇所や筋肉によって復帰にまでにかかる時間にもバラつきがありました。Schickendantz氏の論文では10人中7人が3ヶ月以内に怪我する前の球速を
投げられるようになりました。それ以上かかった3人はそれぞれ4、6、10ヶ月かかっていました。10ヶ月かかった選手は広背筋&大円筋を断裂していて、6ヶ月かかった選手は大円筋の断裂して怪我する前の球速まで戻すことはできなかったと記されています。大円筋の肉離れの再発件数は0ですが、広背筋の断裂では競技復帰して6ヶ月以内の再発が1件起こっていました。

Nagda氏の論文では再発件数は2件あり、ひとつは広背筋の肉離れで4ヶ月後と1年後の2回で、もうひとつは広背筋の腱剥離で競技復帰した13か月後に大円筋の腱剥離を起こしていました。

手術のオプションの場合

今回レビューに使われた5つの論文で手術オプションが使われたのは1件のみでした。これは広背筋の腱剥離のケースで怪我の発生時に腱が上腕骨から5センチほど離れていましたが、大円筋は無傷だったと記されています。怪我が発生してから8日後に手術が行われて、術後2週間で可動域の回復運動が始められています。術後12週で投球動作が取り入られて、術前の筋力、球速、コントロールを取り戻すのに30週間かかりました。その後その選手はMLBで投げるまでに至っています。

結論

2023年現在、広背筋&大円筋の怪我の件数は増えてきてるとはいえ、それに関した研究論文の数は未だに多くないのが現状です。なので治療プロトコルに関してもまだ議論の余地があると著者は述べています。

大円筋が広背筋に対してどういった働きがしているかはまだ完全には解明されていませんが、何かしら相乗効果をもたらしているのは間違いない思われます。広背筋と同じ動作を行うのに同時に怪我をすることもあれば、そうでない場合もあることからお互いの筋力のバランスにズレが生じた時にどちらかのみ損傷するのかもしれません。ここもさらなる研究の余地がありますね。

大円筋の肉離れの場合、広背筋の肉離れと同じく肩の外転、屈曲、外旋角度と肩の内旋筋力に影響が出ますが、唯一の違いは肩の伸展筋力にも著しい筋力低下が見られると著者が述べています。これには去年これと全く同じ症状を持った選手がいたので納得する部分があります。

肉離れと腱の剥離では投球プログラムを始めるまでにかなり差がありました。Nagda氏の論文では肉離れの場合は平均で35.6日だったのに対して、腱剥離が起こった場合は平均で65.5日かかっていました。これは筋力の向上に時間がかかることが主な原因で、こういったことから腱剥離に対してももう少し違った形で治療・リハビリのアプローチをしてもいいのかもしれません。

著者は非手術のオプションには2つのリスクはあると述べています。1つ目は先程も述べた通り腱剥離の場合、筋力の向上に時間がかなりかかってしまうこと。これはアマチュアレベルではあまり大きい問題にはならないそうですが、プロの選手はアマチュアの選手と比べて広背筋群の筋活動が大きいことが分かっているので、競技復帰の影響が出る可能性があります。もう一つは将来的に手術を受ける時に予後の影響が出る可能性があることです。

とはいえ手術にも当然感染症や神経血管部分に対するダメージのリスクがあるので医師はまず非手術のオプションを奨めることから、ここは選手とよく話し合って判断したほうが賢明でしょう。

今回は以上になります。

〈参考URL:https://cdn.mdedge.com/files/s3fs-public/issues/articles/media_efe58569bad1f1f79f_ajo045030163.PDF

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