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運動負荷のデータに基づく野球投手のためのインターバル投球プログラム

今回は元ボストン・レッドソックスのヘッドトレーナーであり、現シカゴ・ホワイトソックスのシニアメディカルアドバイザーであるMike Reinold氏らによる野球投手のリハビリテーションと運動負荷の管理に基づいたインターバルスローイングプログラムについての研究論文「An Interval Throwing Program for Baseball Pitchers Based upon Workload Data」(運動負荷のデータに基づく野球投手のためのインターバル投球プログラム)の要約しました。

はじめに

野球のピッチャーにおける上肢の怪我は、選手のレベルに問わず増加傾向にあります。多くの肩と肘の怪我、例えば尺骨側副靭帯(トミージョン靭帯)、回旋筋腱、肩甲上腕関節の関節唇複合体の怪我などは、外科的介入と長期のリハビリを必要とすることが多く、選手のシーズンからの長期離脱を余儀なくされます。これらの怪我から競技に復帰を目指す選手は、リハビリ中の身体組織に徐々に負荷をかけていくためにインターバル投球プログラム(ITP)を使用します。実際にはいくつかのITPが公開されており、プログラム間で距離、強度、頻度、ボリュームに多少の違いがあります。

野球コミュニティで最も広く使用されているITPは、20年以上前に公開されたReinold氏らによるものです。このITPはこれまで何千人もの選手のリハビリに使われ、今までに多くの研究論文で使用されてきましたが、このITPは当時の投球の生体力学に関する専門家の意見と限られた知識に基づいていました。現在は投球の生体力学およびトレーニングの負荷と怪我のリスクとの相関に関する理解が大きく進歩しました。さらに過去20年間で”野球”の進化、特にピッチャーが競技に備える方法に多大な変化が起きました。大人から子供まですべてのレベルのピッチャーは、シーズンを通じてパフォーマンスを上げるために球速の向上だけなく、少ない休息間隔で投げるようになりました。

慢性負荷と急性:慢性負荷比(ACWR)の概念は、Gabbett氏らによって考察&普及しました。ACWRは過去7日間の平均負荷と、過去28日間の負荷の比率です。フィールドスポーツや下肢の怪我の研究では、ACWRが1.3を超えると怪我のリスクが高まることが示されています。野球ではACWRが1.27以上のピッチャーは、怪我の可能性が14.9%高くなるという研究結果が出ています。したがって競技復帰に備えるために適切な量の慢性負荷を徐々に構築するITPを作成・使用することが重要なカギとなります。

投球の生体力学、ITPの異なる要素、および投球プログラムが進行するにつれてトレーニング負荷を定量化する方法についてのより良い理解を持つこと、さらに現代の野球トレーニングのニーズに合わせた”現代版”ITP”が必要だと著者は述べています。したがってこの論文の主な目的は、投球の生体力学、投球関連の怪我の軟組織の治癒、および著者の臨床経験に基づいた新しいITPを作成することです。この新しいITPは慢性負荷を徐々に望ましいレベルまで増やしつつ、ACWRを許容範囲内に留めなければいけません。この論文の二次的な目的としては、Reinold氏らによる”元祖ITP”の投球日数、慢性負荷、およびACWRと比較することです。

方法

元のITPでの投球時の肘の内反トルクと負荷は、Dowling氏らに考案された方法によって計算されました。これにはMotus GlobalのMotusBaseballセンサー(現Driveline Pulse; Driveline Baseball)のデータベースを使用しました。測定対象はNCAAのディビジョン1(大学1部)に所属する健康な選手のみを使用して、合計238,611球のフラットグラウンド(平地での投球)投球のデータを抽出しました。これらのうち111,196球のフラットグラウンド投球が「ロングトス」としてタグ付けされ、距離は9.1mから91mでした。2次多項式回帰が作成され、投球距離(ft単位のx)とピーク肘内反トルク(Nm)との関係を下の図のように分類しました。

新しいインターバル投球プログラムの開発

新しいITPは怪我のリスクを抑えつつ負荷の増加を目指すとともに、現代のピッチャーにとってより馴染みのあるプログラムの進行をシミュレートするために作成されました。野球トレーニングと投球プログラムのトレンドは年々進化しています。新しいITPの作成において、受傷歴のない健康な選手によって使用されている典型的な投球プログラムに類似し、且つ具体的な投球スケジュールと日ごとの正確な距離と投球数を明確にする必要があります。新しいITPではプログラムを「フェーズ」としてリスト化して、ピッチャーが次のフェーズに進む前に各フェーズを2回行うよう指示しました。また負荷の曖昧さと変動をできるだけ除外するために、投球数の範囲を取り除きました。

先ほど記されたように、日々の負荷は特定の日に投げられたすべての投球からのトルクの蓄積です。急性負荷は日々の負荷の7日間の平均として計算され、慢性負荷は日々の負荷の28日間の平均として計算されました。Dowling氏らと同様に新しいプログラムは、プログラム全体を通じて慢性負荷を増加させつつ、最適なACWRを維持できるように開発されました。そのために最初の投球の際、距離は9.1mから始められます。投球は週3回、22週目までスケジュールされていました。この最初の22週間は1日おきに投球を行います。そして投球量と投球距離は徐々に増加し、11-12週目には35mに達します。ロングトス投球では強度のブレを最小に抑えるために、ステップと弧を描く投球からライナー球という具合に進行します。その後2週間のフラットグラウンド投球で実際のピッチング動作に慣れてから、実際にマウンドでの投球を開始します。

マウンド上での投球プログラムは、フラットグラウンド、ブルペン、および軽いキャッチボールから構成されていました。負荷の高いロングトスの日には、アスリートがシャッフルステップを取り入れ、その後ライナーを投げるように指示されました。ストレートの投球は50%の力加減から始まり、75%、90%、そして100%に増加します。ピッチャーは19週目にチェンジアップを投げ始めることを許可され、23週目にはその他の変化球を投げることができます。異なる球種で観察された肘の内反トルクにおいて特に差が出ないとされているため、23週目からプログラムでは球種に対しての割合は言及されていません。

新しいプログラムは進行過程で複数回「デロード(脱負荷)」週を取り入れられています。これらは7、14、22、および29週目に4回にわたってプログラムされました。デロード週は軽い投球のみで構成され、プログラム全体を通じて各デロード週は異なり、ACWRを望ましい範囲の低い端近くに保つようにしています。

新しいITPの負荷

今回作成されたITPの負荷(日々の急性&慢性、そしてACWR)は、指示された投球スケジュールで構成されています。ピッチャーは一日おきに投げ、次のフェーズに進む前に各フェーズを2回実行するよう指示されます。ウォームアップ投球は9〜14mで指示され、その後指定された距離まで進みます。なのでウォームアップ投球は、9mから5球で投げて、その後5m進み更に5球投げた後、その日に指定された投球距離まで9mずつ進みます。このITPでは23mまでの各距離に対して特定の投球数があり、その後の各距離に対して投球範囲を設けています。23mでは20〜25球という具合です。指定された距離での投球数を標準化するために、中央値が使用されています。なので指定投球数が20〜25球の場合、負荷の計算では23球となります。

マウンドでの投球において、投球の強度も指定されています(50%で15投球など)。過去の研究によると、ピッチャーに強度を下げて投げさせても、球速や肘の内反トルクの減少が比例しないことが明らかになりました。したがって先ほどの図で示したDowling氏らによって考案された強度とトルクの線形回帰モデルを使用しました。

このITPの第3フェーズでは、変化球を投げ始めることができるようになります。その際ストレートと比べて強度を下げて投げるよう指示されます。生体力学的研究によると、ストレートとカーブボールによる腕への負荷に差異はあまりないことが分かっています。なので作業負荷の計算にはストレートの肘内反トルクが使用されました。

結果

今回作成されたプログラムは217日間のスケジュールで構成されていました(下の図)。

平地での投球期間は合計105日間で、そのうちの45日が実際の投球日です。マウンドから投げる期間は合計112日で、そのうち75日投球します。この投球プログラムは慢性負荷10.8で終了しています。初期28日間の後、このプログラムのACWRは1.3を11回超え、0.7を下回ったのは7回でした。このプログラムの期間中ACWRは91%の割合で安全範囲(0.7 - 1.3)内に留まり、ピーク時のACWRは1.33でした。

今まで使われてきた伝統的なITPは、平地での投球72日とマウンドから投球の64日を含む136日間の投球スケジュールで構成されています(下の図)。

実際の投球日は、フラットグラウンド進行で24日、マウンド進行で22日でした。元のプログラムは、慢性負荷15.0で終了しています。元のプログラムでは、ACWRが安全範囲の0.7-1.3を2回下回り、また上回ることは17回ありました。ACWRはプログラムの82%の期間で安全範囲内に留まり、ピーク時は1.61で、これは望ましい範囲を24%上回ったことになります。

議論

Reinold氏らによって開発された元のITPは、プログラムに大きなアップデートがないまま20年近く利用されてきました。このプログラムは著者の臨床経験と限られた生体力学的証拠に基づいて設計されています。しかしそれ以来ITPにおける生体力学と負荷の影響に関する理解は大きく進歩しました。元のITPは現代のピッチャーのニーズを満たしていないとコーチや選手から批判されることもあります。

今回作成されたITPは、慢性負荷とACWRの構築においてとても優秀な結果を残しました。このプログラムは7ヶ月の期間にわたって最終的な慢性負荷10.8まで上げました。それに対し元のITPはより短い時間で最終的な慢性負荷15.0でした。より長い期間を経て徐々に慢性負荷を上げていくことは、筋組織や関節への負担も少なく、ひと昔に比べて球速も速くなっている現代野球のニーズを満たしていると言っても良いでしょう。

野球の投球負荷に関するMehta氏らによる研究で、高い慢性負荷は怪我のリスクの増加に関連していると報告があります。シーズン中の慢性負荷は、高校、大学、そしてプロレベルピッチャーで12-15程度だということも分かっています。本来ITPの目的は怪我をしたピッチャーが競技に復帰するために使用するので、ITPの終了時の慢性負荷がシーズン中の慢性負荷の最大値に達するべきではないと著者は述べています。むしろ選手がリハビリを終え完全な競技に復帰する際には、慢性負荷の増加の余白を許すべきです。元のITPではプログラム終了時に慢性負荷がシーズン中盤の相当するにレベルに達していました。トミージョン手術を受けた選手が復帰1〜2年目に疲労感や球速の低下を経験するのはこれが理由かもしれません。

Mehta氏らはACWRが1.27を超えるピッチャーは、投球関連の怪我が発生する可能性が15倍も高いと述べています。今回の研究で新しいITPは元のITPよりもACWRが望ましい範囲(0.7〜1.3)の間に留めることができるということを証明しました。許容範囲に収まる割合で記すと91% vs 82%でした。さらに元のITPのピーク負荷はより高く、プログラム進行中の約10%の期間でACWRが1.61と理想の範囲より24%高く、新しいITPはより長い期間、理想の範囲内に留まりました。選手にとってリハビリ期間中の疲労を抑えることは、予定通りプログラムを進行させるためにとても大事なことです。

新旧どちらのITPでも、プログラムを始める前の慢性負荷がないため、最初の28日で高いACWRから始まると予想されます。両ITPはピッチャーがリハビリ中に投球を行なっていないと仮定するので、慢性負荷は0で開始します。しかし最近のリハビリではITPを開始する前にタオルドリル、ソックスドリル、1アームプライオメトリクスなどの投球動作を模倣したドリルを行うことで、ある程度慢性負荷を構築することができます。さらにITPの初期段階では短い距離での投球を開始することで負荷は非常に低く、プログラム開始時の高いACWRが臨床的に懸念されることはありません。

新しいITPでは投球強度の変数として”球速”ではなく”距離”が使用されています。近年のトレンドとしてITPの強度を観察するためにレーダーガンの使用されていますが、実際には投球の強度と腕にかかる負荷が比例しないことが分かっています。なので球速は肘のトルクと相関せず、ピッチャーごとに異なることが予想されます。これによりITPにおけるレーダーガンの使用の妥当性には少々疑問が残ります。コーチや臨床医はピッチャーの投球強度を調整するのにレーダーガンを使用しますが、ITPの目的は本来、適切な投球動作に焦点を当てることであって、多くの専門家はレーダーガンを使用することによって球速に焦点が集まってしまうことを懸念しています。距離とトルクの相関関係は下の図に示されており、球速をプログラムの変数にするよりも優れた指標を残しています。

マウンドからの投球における主観的な強度に関しても、必ずしも球速が肘の内反トルクと相関しないことが分かっています。仮にピッチャーが主観的に”50%”の強度での投げても、実際にそれはその選手の最大球速のの80%-85%と肘の内反トルクの75%程度に相当します。”75%”でのピッチングは、ボール速度の85%-90%と肘内反トルクの約80% - 90%に相当します。

新しいITPは肩と肘の怪我のための長期に渡ってのリハビリ用に設計されました。著者はこのITPが通常トミージョン手術などのほとんどの外科手術の20週後に開始することを推奨しています。しかしITPの開始に影響を与える要因がいくつかあります。大まかに述べると手術の種類、ピッチャーの年齢、競技レベル、シーズンの時期、外科医の好み、およびリハビリの進行具合などです。このプログラムの期間は217日であるため、ピッチャーが手術後20週でITPを開始した場合、競技への復帰は手術後約12ヶ月くらいになります。しかしピッチャーがITPを終えた後でも、実際に打者を立たせての投球、試合形式の投球、そして100%の強度での投球を経て、ピッチャーが完全に競技に復帰するためには、そこからさらに時間がかかると予想されます。

36mを超えるロングトスとウェイトボールプログラムは、この新しいITPに意図的に含まれていませんでした。これらのオプションはどちらもマウンドから投球よりも腕により多くの負荷を生み出す可能性があると示されており、徐々に負荷を構築することを困難だからです。すべてのITPはピッチャーの競技復帰を効果的に準備するために、負荷を徐々に増やすように設計されています。なので選手がに競技復帰するにつれて、ロングトスとウェイトボールの使用は各ピッチャーに合わせて個別化することができるし、そうするべきです。極端なロングトスとウェイトボールのリスクを把握するには、ピッチャーのパフォーマンスとメンテナンスプログラムを行う上でさらなる研究が行われるべきです。

新しいITPはプログラム間に4つの異なるポイントで”デロード週”の含んでいます。デローディングの概念はストレングスとコンディショニングから来ており、継続的な負荷のローディングの間に短期間の回復を促すという理論があります。僕もITPを使ったリハビリ中によくピッチャーが疲労と発生元がはっきりしない痛みを訴えるのを耳にします。デロード期間は次のフェーズに進む前に体力の回復も促してくれます。新しいITPでのデロード週の含有は、リハビリ期間中に適切なACWRを維持するために計画され組み込まれています。さらにデロード週は選手にとって長期間のリハビリにおいて精神的な休息を与えるという意味でもかなり有効であると著者は述べています。

現在の研究には言及すべきいくつかの制限があります。ITPの負荷を分析するためにMelugin氏らととDowling氏らが報告した健康な高校生、および大学生のピッチャーのデータが使用されました。投球の種類と肘のトルクおよび負荷の関係は、ピッチャーの年齢、身長、体重、および投球メカニクスによって異なる場合があります。各プレイヤーの個別のニーズは、ITPを設計する際に常に考慮されるべきです。最適なITPは怪我・手術の種類に対して異なる場合があるからです。このITPの投球負荷の計算モデルは、肘の内反トルクの生体力学的研究に基づいていたため、トミージョン靭帯の怪我から回復中のピッチャーに最も適していると言えます。なので選手の特徴や怪我の種類によって、プログラムの期間をより短く、またはより長く設計されるべきです。

終わりに

今回は現在の投球プログラムの生体力学と現代野球のニーズを代表するように作成された、新しいITPを紹介しました。僕はホワイトソックスで長期のリハビリを担当したのは6年前が最後でしたが、この6年だけで見ても長期のリハビリの変化はひと目でわかるほど顕著に進化してます。どのレベルにいても変化を恐れず常に学びの心を忘れないでやっていきたいですね。最後にこの論文のリンクを貼っておくので興味のある方は一度じっくり読んでみてください。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmid/38439773/

それでは、


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