木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第25回 小説講座 第1巻第4話 君嶋世志輝編③

    第4話は一つのターニングポイントで、このあと定式化されるものがいくつか生まれた回です。
    ただ、作者としていうと、この回は出来がよくない。うまくいかないな、と書いているときから思っていました。
    一番の不完全燃焼は、蓮司です。
    第4話の登場人物は、おおまかにいうと、四人です。
    世志輝、兄、由宇、蓮司。
    物語は世志輝と兄の関係で回っていて、それぞれの役割をいうと、兄は「正義のヒーロー役」です。彼は犯罪組織に潜入して、悪を捕らえようとする。
    世志輝は「兄を助ける役」で、由宇は「謎を抱える者」です。由宇は何者か(本当に売春しているのか)という謎を吸引力として物語は進みます。
    蓮司だけ、役割がありません。
    物語のセオリーとしては、役割のない登場人物は削るべきです。
    これまでの三話で、無駄な登場人物は一人も出していません。役割があって登場しているので、削ることはできない。でも、蓮司は削ることが可能です。蓮司が登場しなくても、物語は問題なく回るからです。
    あえていえば「情報をもたらす者」です。
    世志輝は蓮司から、千郷が売春していた噂があること、売春クラブのサイトに由宇の写真があることを知らされます。役割でいったらそれだけです。
    しかしこれだけなら、あえて蓮司を登場させる必要はない。たとえば世志輝がたまたま兄の部屋に入ったとき、机の上にそういう資料があるのを偶然見つけてしまった、という流れでもかまわないからです。
    このシリーズにおいて、登場人物は基本的に全員、容疑者になる決まりですが、蓮司は容疑者にもなれていません。
    いちおう世志輝とは暴走族時代の相棒という設定になっています。でも、特に世志輝を助けるわけでもない。
    というのも、この物語は「世志輝が兄を助ける話」なので、「世志輝が兄を助けるのを助ける蓮司」という構図になると、いかにもうっとうしいからです。
    世志輝は生き返ったあと、チンピラと乱闘になるのですが、そのとき蓮司が助けに入るというのも、同様にうっとうしい。「世志輝が兄を助けに行っている」ところに、さらに「蓮司が助けに入る」という構図がごちゃごちゃしています。
    このごちゃごちゃは、小説の場合、絶対によくない。
    小説は絵がないので、読者が混乱しかねない。この物語はシンプルに「世志輝が兄を助ける話」でいい。そこに蓮司は入ってこなくていい。
    由宇を世志輝の恋人に設定しないのと同じ理由です。

    蓮司をハッキングの名人としているのも、よくない。
    一般的にミステリーで天才ハッカーを登場させるのは正しくありません。なんでもありになるからです。
    天才ハッカーがハッキングして、都合のいいときに必要な情報を苦労なく取れてしまう。
    ミステリー小説において、謎を解くために必要な情報は、ストーリーに逆らわないかたちで自然に落とし込まれるか、探偵が努力して獲得してこなければならない。天才ハッカーが、まるで宅配便みたいに持ってきてはいけない。
    ただし第4話の場合、ジャーナリストの兄が潜入しなければ情報をつかめない犯罪組織を相手にしています。ディフェンスの固い相手です。簡単にボロは出さない。
    ハッキングでもしないと、その犯罪組織の情報はつかめないというところから、蓮司をハッキングの名人に設定したというわけなのですが、やはりあまり気持ちはよくない。

    物語上、蓮司は削ったほうがいい。そのほうがスムーズです。
    でも削ったら削ったで、今度は別の問題が出てきます。登場人物が少なくなりすぎてしまうという問題です。
    世志輝と会話する人がいなくなり、結果的にセリフ自体が減ってしまう。
    僕の物語は基本的に会話劇です。キャラクター造形は、かなりの部分、会話に頼っています。会話、つまりその人が発する言葉や言葉づかいで、キャラクターを生き生きと表現するのが僕の書き方です。
    世志輝のセリフが減るということは、彼の見せ場が減ることを意味します。これは避けたい。

    蓮司はすべてがうまくいかない要素で成り立っています。
    物語上の役割がないので、とにかく見せ場がありません。
    役割があり、その役割を果たそうと必死で努力するところに、その人の個性は立ち現れるのです。役割がなければ、個性が光る場所もない。仕事がなければ、能力を発揮する場所がない。
    であれば、蓮司は無味乾燥な駒になってしまいます。そんなキャラクターを、僕の小説には出したくない。
    蓮司をどう書いたらいいのか。どうしたらこのキャラクターを救いだせるのか、本当に分かりませんでした。
    物語上の役割はないので、描写で救いだすしかない、というのが僕の結論です。そのため、蓮司を書くときは妙に凝った描写にしています。
    たとえば、こんな感じです。

    村瀬蓮司。世志輝の相棒であり、練馬紅蓮隊の元副総長。世志輝とは小学校から高校まで一緒だった。ともに中学から非行に走り、幾度も死線をくぐり抜けてきた。喧嘩は世志輝に次いで強く、世志輝の暴走を止めるお目付役でもあった。
    世志輝は暴走族から足を洗ったが、蓮司は今も後輩たちとつるんでいる。
    集会場は、荒川の河川敷。一時間ほどだべってから、夜の街にくりだす。危険なので、ノーヘルは禁止。走るルートも考えて、交通ルールをなるべく逸脱しないように走る。スピードは出しても、事故は起こさない。蓮司は、荒くれ者の後輩たちが反社会的な方向に過度に傾かないように、今も面倒を見つつ、指導している。
    蓮司は、男のくせに長髪で、髪を後ろで束ねている。美男子のモテ男。常に二人以上の女がいるが、女よりも男の友情を優先する。

    こんなふうに物語の本筋とは関係ないところで描写に凝っているときは、自信がないんです。嘘をついているときほど多弁になるのと同じです。自信のないキャラクターを書いているときほど、描写でとりつくろおうとする。
    結局、蓮司は見せ場がないまま、物語の終盤まで来てしまいます。
    どこかで活躍させたいとは思っているのですが、その場所が見つからない。最後、世志輝と蓮司がかたき討ちに行くのが、唯一の見せ場になっています。僕としては苦心惨憺のすえに、やっと蓮司を活躍させた場所です。
    しかしこの結末が残忍な感じになっていて、実は担当編集者から、もっとハッピーな感じで終われないか、と言われました。
    一番の問題は、生き返った世志輝がかたき討ちするとなると、沙羅が復讐を推奨しているように見えるという点です。
    ですが、ここは変更しませんでした。
    これくらいやらないと、蓮司の活躍の場がないまま終わってしまうからです。ここを削ったら、いよいよ蓮司には何もなくなってしまう。
    この第4話は、作者がいかに蓮司を救いだそうとしているか、という視点で読んでもらえたらありがたいです。
    では、また次回。


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