木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第30回 映画講座 『パラサイト 半地下の家族』①

    エンタメと風刺を両立させている作品として、近年もっとも完成度が高いと思うのが、韓国映画の『パラサイト    半地下の家族』です。
    この映画には二組の家族が出てきます。金持ち家族と貧乏家族。ともに核家族で、家族構成は似ています。

    貧乏家族    父・ギテク、母・チュンスク、兄・ギウ、妹・ギジョン
    金持ち家族    父・ドンイク、母・ヨンギョ、姉・ダヘ、弟・ダソン

    貧乏家族は、四人とも無職です。
    兄・ギウは高校卒業後、大学に受からずにそのまま入隊。兵役義務を終えたあとも大学受験するが、落ちています。つまり浪人生ということになっている。
    妹・ギジョンも、高校は卒業していますが、無職。両親も無職で、内職のバイトをしてなんとか暮らしています。
    彼らが住んでいるのが半地下の部屋です。日本ではまず見ない特殊な部屋で、半分地下に埋まっています。
    たぶん低所得者向けの集合住宅だと思う。狭い土地に建てた集合住宅に、なるべく多くの部屋を作ろうとして、こんな変な設計になったのかもしれない。完全に地下一階にすると、かえって建設費用がかかるのでしょう。
    だから半地下。
    したがって半分だけ日が射します。天井も低くて、この狭いところで四人が暮らすのはかなりしんどいはずです。
    特徴的なのは水洗トイレで、個室ではなく、むきだしです。なぜか部屋の高いところにある。これは水圧の関係だと思う。女性がこのトイレを使うのは抵抗があると思うのですが、そのかわり家賃が安いのでしょう。
    この部屋を設計した人は、住む人のことをまったく考えていません。その意味では、刑務所や奴隷部屋に近い。
    場所も、スラム街みたいなところです。酔っ払いが立ち小便したり、嘔吐したりしている。衛生的にも最悪で、便所コオロギがよく出る。だから行政が殺菌剤みたいなのを撒きにくる。
    韓国の住宅事情はよく知りませんが、誇張している感じでもないので、底辺の暮らしとしてはこれくらいが一般的なのかもしれない。
    しかし不思議に、家族四人の結束は強い。
    こんな貧乏なのに、なかよく暮らしています。特に兄は父に敬語を使っている。無職でぐうたらしている父なので、日本だったら軽蔑されそうですが、ちゃんと父として敬意を払われているところが不思議です。

    もう一つの金持ち家族は、高級住宅地に住んでいます。
    防犯設備に守られた豪邸で、広い庭があり、犬を三匹飼っています。父は会社の社長で、運転手つき。母は専業主婦ですが、家事はせず、家政婦を雇っています。姉は高校生、弟は小学生。ともに家庭教師がついている。
    この二つの家族は、明確に対比されています。

    貧乏・・・・半地下・・・・非エリート(浪人生)・・・・便所コオロギ
    金持ち・・・豪邸・・・・・エリート(家庭教師)・・・・犬三匹

    連想されるのは人種差別時代のアメリカです。
    昔は、たとえばトイレにしても、白人用と黒人用に分かれていました。
    白人用のほうには「WHITE    ONLY」と書かれています。もちろん白人用のトイレはきれいで、黒人用は汚い。
    それだけでなく、白人と黒人はすべてが分かれています。住宅地、行く店、学校、公園、ビーチやバーまで。すべて白人用と黒人用があり、おたがいの生活圏が分かれていて、なるべく接触しないような街づくりになっている。
    仕事も分かれます。高給ホワイトカラーが白人で、低賃金ブルーカラーが黒人です。
    黒人が間違って白人のエリアに入ってきたら、どうなるか。
    白人用の警官が来て、ボコボコにされます。古い映画ではよく見ます。警官は、黒人から白人を守るために存在するのであって、逆にいうと黒人を守るための警官はいません。
    アメリカではないですが、ガンジーが白人用の歩道を歩いていたら、警官が来てボコボコにされたのは事実です。
    ひどい場合は銃で撃たれます。
    でも白人警官が黒人を撃ち殺しても、白人署長によって正当な銃の使用と認められて、おとがめはありません。仮に裁判になっても、白人陪審員によって無罪になる。
    白人と黒人の生活圏を明確に隔絶するのは(正確には、白人が自分たちの生活圏から黒人を追いだすのは)、生理的な嫌悪感もあるけれど、それ以上に恐怖心があるからです。
    貧乏で、ろくな教育を受けていない野蛮な黒人が、犯罪という手段で、白人の生命や財産を脅かすのではないかと。
    だから白人は銃を持って武装し、家の敷地を塀で囲い、ボディーガードを雇ったりドーベルマンを飼ったりして、防犯設備を整える。やたら金がかかるので、そのための費用を黒人労働者から搾取する。また、司法制度を支配して、黒人が白人に対して危害を加えたときは、見せしめに重罪にします。

    映画の冒頭二十分ほどで、韓国における貧富の生活様式のちがいが克明に描かれています。富める者はたっぷり金をかけて、必要以上に清潔な環境に住む。逆に貧しい者はありえないくらい不潔な環境にいます。
    貧乏・妹のギジョンが、金持ちの家に潜入したとき、間違って犬のジャーキーを食べてしまうのですが、袋を見るまでそれに気づかないというシーンがあります。
    犬のジャーキーのほうが、普段、彼女が食べているものより上等でおいしかったのでしょう。金持ちの犬のほうが、いいものを食べている。
    日本ではちょっと想像しづらい世界です。
    日本にも成城のような高級住宅地はあるけど、ここまで貧富は隔絶していない。
    むしろ連想するのは、土佐藩などの上士と郷士の身分制度です。貧富の差が、そのまま身分差になっている。

    物語の起点は、貧乏・兄のギウが、金持ち・姉のダヘの家庭教師になることです。
    ただし身分を偽っています。ギウは浪人生ですが、有名大学の学生を名乗り、身分証を偽造することまでします。
    金持ち・母のヨンギョは、偽造の身分証を見ただけで、オレオレ詐欺に引っかかるみたいに、あっさりだまされます。貧しい者にはやたら警戒するくせに、同じ金持ちサークルの仲間だと思うとあっさり信用してしまう。
    そして、ここから貧乏家族の策略がはじまる。ギウの紹介で、妹を金持ち・弟のダソンの美術教師にする。さらに社長つき運転手をはめてクビにして、父を運転手にする。家政婦もはめてクビにして、母を家政婦にする。
    全員身分を偽っていて、家族であることも隠しています。これで金持ち家族に寄生するかたちで家族四人が職を得ます。
    つまり、本来交わるべきでない富裕層と貧困層の家族が(いわば白人と黒人が)、同じ空間で生活するようになる。
    ここまでが映画の半分です。
    では、また次回。


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