二代目ピカソ

なんてものが無いように、僕ら着物作家も、あんまり関係ないのかもな、とも思った。


勿論代を追うごとの技術の積み重ねや歴史はあるし、学ぶことも助かることもある。そんなことは当然として。

うちの工房は、僕が言うまで「何代目です」なんて、言ってこなかった。

だから、実際のとこが分からなくて、分かった範囲で「4代目」ということに僕がした。

それは、このキャリアを始めた際に、「言うこと言わないと勿体ない」ということと、「自分自身を名乗るツールをたくさん欲しかった」からに違いない。

(ちなみに、京都は着物に限らず4代とか全然若い方です。しかし、着物を独創性で製作する「作家」としての4代目は、ほぼいないらしいです。)

結局のところ、「このうちにしか出来ない風彩染の技術を継承していかないと、勿体ないし、日本の損失だ」と思ってはいる。思ってはいるけど、ピカソは二代目がいるのか?


子供がなかなか出来なかった時に考えてたんやけど、「子供が欲しい」って、自分にとっては本能でした。「自分の種を残したいな」って、普通に思ったから。


僕ら着物作家は幸運にも、「捨てにくいプロダクト」を全国の何千という人にお持ち頂いている。けれどそれでも、技術を残していきたいのは、「なくなったら自分も寂しいから」なのかもしれない。そういう本能的な。

だからって子供に強制はしないけどね。

背中で語るのみ。これは7年前やけど、少しずつ背中も分厚く、ならないとね。

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