見出し画像

朗読劇 くろがね姫の離婚 10

猫の額ほどの畑に、豆や菜っ葉やイモや麦。
稲は青い頭を垂れ、まもなく黄金色に輝こうとしている。
「救世軍が国主の野郎をやっつけちまったから、土地はおいらたちのもんになったんだ。自分で耕したとこは、自分のもんにしていいんだぞ」
切り拓いたばかりの土地で、丁寧に石ころを取り除きながらイザギが言う。
「どんどん耕して、でっかい田んぼ作るんだ」

「姉ちゃん、これ」
ツツジが赤い花をクロガネの髪に挿す。
自分のひっつめ髪にも挿して、
「おそろいだ」
にっこり笑う。
ツツジは何をするにもクロガネの手を引っ張って、食事の支度、掃除、水汲み。
姉ちゃんは座ってればいいよ、と、クロガネの利かない左腕を気遣う。

村人たちが鉄の腕を目にとめ、
入れ替わり立ち替わり物珍しげにやって来た。
「へぇ、巫女さんかい」
奇異な姿の余所者。
しかし恐れることは無いと、ツツジの笑顔が訴える。
「巫女さんねぇ」
ひそひそ話に花が咲く。
けれども、時が経てば少しずつ、固い結び目がほどけるように、
かたい空気も緩んでいくかに思われた。

夜は橙色の灯り。
陽気なイザギの笑い声が響く。
ツツジの笑顔が、クロガネを包み込んで広がる。

昼はやわらかな日の光。
涼風が、頭の中の曇りをとり払うように吹き抜ける。

クロガネは、黒髪を風に躍らせたまま。
しばらく天を仰いでいたが、
己の左腕を見つめ。
それから、野良仕事に精を出す村人たちを眺め。
やおら畔道を歩き出した。

「イザギ」
山裾の斜面で、汗を散り飛ばしながら切り株を掘りおこしていたイザギは、ふと顔を上げた。
「おう。どうした? 」
クロガネが鉄の左腕を差し出す。
「この腕、使えまいか」
「使うって? 」
「わ、…私も、…やってみる」

堅い土に、鉄の腕を突き刺す。
石にぶつかれば、その下に手首をさし入れ掘りおこす。
さすがに切り株を取り去るには力が足りなかったが、それでも必死に腕を動かした。
「おい、無理すんなよ、いくら腕が鉄っつったってよ、女の身体で力出すにゃ限界があんだろ」
イザギの言う通り、うなされるほどの痛みを伴っても、少しもはかどらず。
ただ、己の非力を思い知らされるばかり。
「だから。無理すんなって」
イザギが慰める。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?