紅茸ゼロサム その9(最終話)
救われた思いで男は汁を受けとり、寝ている娘の口元へ流し込んだ。
一瞬、胸を浮かせてから、娘は眠りよりも更に深い深い闇の底へ。
男は震える手で糸を引き、縫い目をひとつずつ、ほどいてゆきます。
ず、ずず。ず、ずず。
解放される喜びに比ぶれば、糸を引き抜く痛みなど一瞬にしかず。
血走った目を凝らし、抜く度に長くなる糸をもどかしく手繰りながら、
ず、ずず。ずずず。
ようやく最後の縫い目をほどき終えると、掌をべりべりと引き剥がし、男は娘を振り向きもせず、朝焼けの彼方へと逃げてゆきました