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シロツメクサの花が咲いたら

  小学生の頃、住んでた町は山や丘がそこかしこにあり、坂道ばっかりだった。一番近い幼稚園は「星の丘幼稚園」だったし、通ってた小学校は「文ヶ丘」っていう丘にあった。そんな街に私たちがいつも遊ぶ「どんぐり山」っていう小高い山…丘…?があった。呼び名の由来はわからない。小路から赤土とでこぼこした石の階段を登ると、子どもの背丈ほどもある草むらと、ススキとセイダカアワダチソウと…しばらくそれらをかきわけるように歩くとだだっ広い原っぱに出る。その原っぱのずっとずっと奥には大きな大きな椿の樹があり、毎年大輪の赤い花が満開になり、私たちは鈴なりに登り、蜜を吸った。子どもの手のひら大の花を手折り、根本から二つに割ると溢れる透明な蜜を。

   校庭のサルビア、道路沿いのツツジにサツキ、アベリア…当時はどれも蜜を吸う対象でしかなかった。今思えば汚かったなあ…でも、お腹壊したりはしなかったな。

   たしかあれは小4の春。いつものメンバーが誰も捕まらなくて、私は初めて一人でどんぐり山に登った。草むらをずんずん進み、椿に登り…ふと、その奥が気になった。そこまでしか行ったことがなかった。三階建ての団地っぽい建物が一つだけ建っているのが見えた。どんどん歩いた。近づいてみると、建物はフェンスで囲まれていて、人が住んでいる気配はなかった。(今思うと、過去に官舎かなんかだった建物だったと思う)フェンスをぐるっと回り込むと……グラウンドくらいの広さの原っぱの、一面に広がる、シロツメクサの花、花、花…
   「うわぁ!」だったか、「ひゃあ!」だったか…とにかく声をあげて、走っていって、転げ回って(!)…とにかく堪能したあと、夢中で花を摘んだ。着ていた服の裾を掴んで袋にして、山盛りにして帰って、ばあちゃんに冠と首飾りを編んでもらった。本当に幸せだった。

   小6で引越しても、長期の休みには必ず帰郷してたから、その間に一度は必ず登っていた「どんぐり山」。いつ行っても変わらぬ姿でそこにある。これもやっぱり原風景のひとつかもしれない。

   私が20歲を過ぎた頃だろうか、久しぶりに帰郷した私にばあちゃんが
   「あっ、そうそう。あんたがこまい頃、よう行きよった山…なんやった?」
   「どんぐり山?」
   「それそれ!あそこ、なくなったんよ」
   「は?」
次の瞬間、ズック履いて駆け出してた。

   開発されて、住宅地になっちゃった。ガタガタのデコボコだった石段も、コンクリートで出来た、手摺のついた綺麗な階段に変わってね。見上げてもうそのままUターンして帰ろうかと思いながらも、でも出来なくて。
俯いて一段一段登った先…アスファルト舗装の整備された道に、新築の家が並んでるのを見て、泣いちゃった。

   もう、シロツメクサは咲かない。


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