令和2年2月22日。

結婚した。『2』さえ覚えておけば忘れることのない記念日だ。大安吉日。我ながら良い日取りに結婚したと思う。

今日は土曜日だったので正規の窓口は閉まっていた。臨時窓口にはおじいちゃんの職員さんが一人。同じことを考えたカップルが何組かいたようで、私たちが婚姻届けを提出した時には他にも二組のカップルがいた。きっとこの後も続々と出しに来たに違いない。おじいちゃん職員さんは淡々と婚姻届けに目を通し、本人確認を行い、最低限の受理処理をして「他の手続きは平日にお願いします」と戸籍変更手続きに関する説明用紙を渡してくれた。こんな語呂合わせに休日出勤の身で付き合わせてしまってごめんね、おじいちゃん。ありがとう。

少し、旦那のことに触れたいと思う。このことをこの場に書くことは旦那も承知の上だということは、まず初めに断っておきたい。

私と旦那が出会ったのは2018年の11月。むしゃくしゃしていた私はその日、のすりに「気晴らしに家行っていい?」と電話した。その日はたまたまのすりの彼氏さんの(当時の)劇団も定例会を行っていて、旦那は同じ家にいた。のすりは、「騒がしいけどそれでいいなら来なよ」と言ったので、いそいそと足を運んだのが出会いだった。何故だか私と旦那は妙に気が合った。二人してはしゃいでいた気もするし、二人して淡々としていた気もする。なんだかリズムの心地よい人だな、という印象だった(要するに波長が合ったのだろう)。その日はみんなでのすりたちのお宅にお泊りさせてもらったわけだが、朝になって人が帰って行き、家主すら仕事でいなくなった家で、私と旦那は二人で話していても苦にはならない程度には仲良くなっていた。

そこから二週間後、二人で飲みに行くことになった。今でも二人の間で話題に上るが、お互いに人見知り同士だったのでこの距離の詰め方は異例中の異例だった。だが二人とも、『二人きりで飲みに行く』という時間を、相手に対して苦痛とは思わなかった。普通に飲みに行った。

そして飲んでいてそこまで時間も経っていなかっただろう。酒がある程度回った旦那はカムアウトした。「私、心は女なの」。何となくそうなんだろうなぁと気付いていたし、私自身ジェンダーに対する偏見は薄い方なので「あーそうなんだー」くらいの受け答えをしたと思う。

旦那は、エックスジェンダーという。その中でも不定性であり、自分の中に男性と女性の両方の性がある。男性として女性のことが好きだったこともあり、女性として女性のことが好きだったこともあり、女性として男性のことが好きだったこともあるそうだ。旦那はそのことにとてもコンプレックスと罪悪感を抱いていた。「私の不確かなジェンダーのせいで他人を不幸にしちゃた。だから私は一生幸せになれなくていいんだ」、と言った。私は率直にそりゃあ間違ってるぜ、なんて思って、「私はゆうくんが幸せになれないとは思わないし、幸せになれなくて良いとも思えない。だったら私が幸せにしてやるよ」と言っていた。おお、今思い返してみても我ながらなんと男らしい。ゆうくんはめちゃくちゃ渋って、最終的には頷いたが私から結構ぐいぐい押した。

付き合ってからすぐ、私はまずゆうくんの部屋を掃除した。「ごめん、すごく散らかってて人を呼べないんだ……」と送られてきた部屋の画像はそりゃあ大変な散らかり具合で、人間が暮らしているとは思えないほどのゴミ屋敷だった。どこで寝てるの? と聞くと、ゴミと服の間で暖を取って適当に! とのこと。おう。「片付け手伝うよ」という名目で初めて足を踏み入れたゆうくんの部屋は、100本以上の空のペットボトルと洗濯されていなかったカビだらけの服が散らばって床なんて見えず、室内になぜ!?と思うほど砂利が溜まって素足では到底歩けなかった。シンクには一年以上洗っていない食器が溜まり何かしらの生命体が繁殖していた。ユニットバスは見るに堪えない状況だった。片っ端から掃除した。掃除だけで二日間を要した。

私は当初、この掃除が終わったらゆうくんとは別れるかもな、と思っていた。きちんと生きていくための意識を芽生えさせその環境を整えたら、後は見守るだけかも知れない、と。私の中では「彼氏の部屋を掃除している」という甘い感覚より、「ゆうくんを生かす」という使命感の方が強かった気がする。後から聞いてみると、ゆうくんもゆうくんで「あの掃除がきっかけで愛想を尽かされて別れるだろうなって思ってた」らしい。それが「本当に掃除してくれたからマジで惚れた」そうだ。照れる。

しばらくして、ふとこう言われた。「多分俺、なほしと出会う前までは人間じゃなかったんだと思う」。うん、君を人間に戻すために必死だったよ私は。しかし人間に戻ってからも君は私を見限ることなく、逆に余計に懐いてくれたね。私の役目は終わりかなって思ってたから少しびっくりしたよ。でも不思議と、私ももう君が一緒じゃないと楽しくないんだ。何をしていても隣に君がいないと寂しくなっちゃうんだ。おかしいなぁ、他人には自分の時間やテリトリーを侵されたくなかったのに、君には許せちゃうんだ。これからの人生ですら、君のために生きていたいと思えちゃうよ。それが私の人生なんだなって、そのために私は生まれて来たんだなって思っちゃったよ。私はこれからも君を守るし幸せにする。「なほしと一緒にいることが俺の本当の幸せ」って言ってくれてありがとう。あれほど他人と一緒に生きることを拒否していた君から「結婚して下さい」って言われたときは、ああ、ゆうくんが誰か他人と一緒に生きていくことを選んでくれたんだなぁ、と、誰かを愛することを諦めないで見出してくれたんだなぁと、それがとても嬉しかった。その他人が私だったことも、とても嬉しかったよ。ありがとう。

これからも、よろしくね。

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