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フランス大統領選挙: 候補者2人により行われたTV討論について。

 フランス時間4月20日夜21時から2時間半超にわたり、マクロン氏とルペン氏によるTV討論が行われフランスTV局TF1、France2 合同でフランス全土に放映された。このTV討論は、4月24日日曜日の決選投票において、有権者の投票行動に大きな影響を与える。前回2017年の時も今回と同じ顔触れの対決となり、当時オランド政権下の経済大臣からの立候補であったがニューフェースであったマクロン氏が巧みな弁舌でル・ペン氏に完勝し、決選投票での地滑り的勝利を得た。

 今回、TV討論の実況をみて明らかだったことは、前回の2017年と比較して、ル・ペン氏が予想以上に説得力のあるディベートを展開したことだ。特に、前回はマクロン氏に完敗した経済政策について、有権者の最大の関心事である生活をとりまく経済問題への対策に関して、非常に説得力のある説明を展開した。これに対して、マクロン氏はルペン氏の説明を批判する展開に終始し、傲慢なグローバリストの代表というマクロン氏について回る悪いイメージが映像で流れる展開となった。また、有権者のもう一つの関心事である年金問題について、マクロン氏は、年金収支がこれまでの5年間の在任期間中に悪化したというル・ペン氏からの攻撃をうけ、現状の年金改革の取り組みでは支給年齢65歳の見通しをさらに改善することは出来ないことを認めざるを得ない展開となった。これに対して、ル・ペン氏は支給年齢を60歳~62歳まで引き下げる積極的な考えを改めて表明した。

 EUとフランスの関係について、ル・ペン氏は、EUからの離脱は考えないが、EUを国家同士の緩やかな連合体に変える方向で改革を行う考えを表明した。今のEU体制の中でフランスはドイツに次ぐ第2の大国であり、その分求められる財政負担が多く不当だと訴え、EUの経済統合の影響でフランスの農業が域内他国からの競争力のある農産物から圧迫をうけ、産業がドイツの競争力のある工業製品からの圧迫を受け、EU域内からの労働者が入り込んでフランスの労働者の仕事が奪われるうえに税収も減るので不当であり、フランスの産業とフランス人の雇用がフランス国内で優先される方向に転換する必要があると述べた。これに対して、マクロン氏は、ル・ペン氏の考え方は域内自由市場の構築というEUの目的と真っ向から衝突しており矛盾するとして強く批判した。

 産業政策については、ル・ペン氏は、グローバリズムのフランス国内への浸透は低賃金の労働者を増やすことにしかならないので、フランス国内の中小企業に税務的インセンティブを与えて自国産業を支援し、国外に逃避した工場がフランス国内に回帰するようになる政策を行うべきであると述べた。ただし、最先端産業などの勃興のためには、ドイツなどの特定の国と戦略的にパートナシップを組むことでフランスの競争力を強化させる必要あると述べた。これに対して、マクロン氏は、フランス1国では規模が小さく、中国が台頭する世界で今後生き残るには、少なくともEUという統合市場をベースに政策を考える必要があるとした。

 エネルギー政策については、ル・ペン氏は、原子力を基軸としたエネルギー政策を推進する考えを表明し、再生可能エネルギーの導入には否定的な立場を明らかにした。特に、風力については、既設のオフショア(海上風力)については、漁業の妨げとなるので撤去、また、オンショア(地上風力)については、低周波問題があるので地域住民の意見を聞きながらやはり撤去をしていく考えを表明した(フランスではオランド政権の頃から、原子力を維持する勢力と、原子力を削り再生エネルギーに入れ替える勢力との覇権争いがあり、ル・ペン氏は原子力勢力の流れに沿ったものであるといえる)。また、ロシアからのガス、石油の輸入の停止は行うべきではないとした。これに対して、マクロン氏は、特にオフショアでの風力を中心にして、太陽光も含めた再生エネルギーを積極的に推進し、この分野における雇用創出も目指す考えを明らかにした。

 医療・介護政策については、ル・ペン氏は、現場の人員が不足しており、特に介護施設での人員不足が深刻なので、介護施設における介護士の人数の増員をするべきであると述べた。教育については、ル・ペン氏は、地方での初等教育インフラの改善が急務で特にインターネット環境の改善、教員への支援、学級崩壊対策等が急務であるとした。また、高等教育については、学生の経済的援助となるよう、アルバイト収入などの無税限度額の引き上げを導入する考えを明らかにした。

 ディベートのこの段階までは、どちらかというとル・ペン氏のペースで展開し、マクロン氏がル・ペン氏の論理を批判する形で進んだ。途中でマクロン氏がル・ペン陣営の政治資金がロシア系の銀行からの借り入れでまかなわれている問題を取り上げ、それを追及する場面があった。テレビ画面を通してル・ペン氏の候補者としての独立性が疑われる点を印象付けようとしたものであろう(ただし、この問題自体は、以前からフランス国内で広く報道されているので、大勢に影響はないだろう)。

 ディベートでの最後の話題は、ル・ペン氏がとなえるイスラム教徒のスカーフ・ヒジャブの禁止問題であった。ル・ペン氏は、選挙戦の終盤になって、メディアの取材に対してこの問題に対してあいまいな姿勢を貫いていたが、今回のディベートでは明確にヒジャブの着用を禁止する立場を明らかにした(路上を含む公共の場所での着用の禁止)。また、イスラム教原理主義活動家のフランス国籍はく奪と国外追放、イスラム原理主義活動の拠点とみなされるフランス国内のモスクの閉鎖を考えていることを明確にした。これに対して、マクロン氏は、イスラム教を信じることは、憲法のもとの信仰の自由で保障されるもので、そのために身に着けるものも妨げられないとし、ヒジャブ着用を擁護する姿勢を明らかにした。

 今回のディベートにおいて、前半から後半のほとんどの部分まで、ル・ペン氏が展開した持論は、立場的には社会党左派あるいはフランス共産党に近い内容であり、他候補との比較としては、第1回投票で3位に付けたメランション氏のかかげる弱者救済の立場と広くオーバーラップしていたといえる。しかし、ディベートの最後にル・ペン氏が明確にした、ヒジャブ禁止と反イスラムの姿勢は、多様性を重視するメランション氏の立場と決定的に価値観を異にするといえる。

 第1回投票の結果をみると、マクロン氏の得票は9,783,058票であったが、ル・ペン氏の得票8,133,828票に、決選投票でル・ペン氏に大部分の支持者票が流れると予想される極右ゼムール氏の2,485,226票を加えると、既にマクロン氏を83万票以上超えている。第1回投票で3位につけたメランション氏の得票は7,712,520票と非常に大きいので、今回のTV討論の内容をみたうえでメランション支持者のうちどれだけの割合が棄権や白票の投票という抗議行動をとるのかが決選投票の結果を左右するといってよい。調査会社イプソスが19日に出した聞き取り調査の結果では、第1回投票でメランション氏に投票した有権者のうち、決選投票では39%がマクロン氏へ、16%がル・ペン氏へ投票すると回答しており、残りは態度を明確にしていなかった。

 今回のディベートをみたメランション支持者のうち、とくにコア層である若者と移民系有権者の多くは、ディベートの最後の場面でル・ペン氏が反多様性の姿勢を明確にした場面をテレビ画面で確認し、決選投票では白票の投票や棄権ではなく、ル・ペン氏を阻止するために積極的にマクロン氏へ投票することに考えを切り替え始めるのではないか、筆者にはそのように思われる。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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