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(最新)連邦議会襲撃から1年を迎えたアメリカ。

昨年の年明け1月6日のワシントンDCで、連邦議事堂に向かうトランプ氏支持者の集団の一部が暴徒化し、議事堂内への侵入を阻止しようとした警官隊及び連邦職員との衝突で死者と多くの負傷者が出る事態となった。議場では上下両院合同会議が開催されており、2020年11月に行われた大統領選挙の結果を確定させる審議が始まっていた。

選挙結果の確定を阻止しようとしたトランプ氏は、副大統領だったペンス氏に対して上院の議長として議会審議に介入して確定を行わないように圧力をかけたが、ペンス氏はそれには従わない判断をし上院に登院、これに触発された一部のトランプ支持者が議事を阻止しようと議事堂内に乱入した。しかし、襲撃から間一髪で逃れた副大統領と上下両院議員は暴徒が去った後に議場に戻り、バイデン氏の大統領当選を確定させた。

トランプ氏は、民主党と共和党の支持が僅差で割れる州、いわゆるスイング・ステートで、選挙が不正だとする訴訟を多数起こしていたが、そのすべてが棄却あるいは敗訴となっていた。しかし氏は主張を変えず、不正があったと印象付けることで選挙結果を受け入れないことを正当化し支持者をつなぎとめる戦略に出て、現在に至っている。

昨年12月に行われた世論調査機関IPSOSの調査によると、現在でも共和党支持者のうち52%が連邦議会襲撃はむしろ民主主義を守ろうとしたものだと肯定的に評価し、71%がバイデン氏の当選には正当性はないと考えているとの結果が出ている。このことからも、トランプ氏の作戦は支持者をつなぎとめただけではなく共和党支持層の主流派に仕立て上げることに成功しているといえる。

襲撃から1年目を迎えた今年の1月6日には、ほぼ全ての共和党議員関係者がだんまりを決め込み、上院共和党では僅かにマコーネル院内総務、ユタ選出上院議員ミット・ロムニー氏、アリゾナ選出ムルコスキー上院議員らが襲撃を非難する声明を出しただけだった。そして、バイデン大統領が議事堂で行った襲撃を振り返る演説には、共和党からはただ一人リズ・チェイニー下院議員、そしてその父親チェイニー元副大統領が出席しただけであった。

共和党関係者のほとんどが口を閉ざしているということは、襲撃への非難がトランプ氏とその支持者からの攻撃を招くと彼らが恐れているということであり、また共和党関係者の大多数が、次の2024年大統領選挙にトランプ氏が再出馬すると認識していることを暗示している。

こうした一連の動きとは別に、トランプ氏は今年11月に行われる中間選挙に向けた準備を着々と進めている。その中心的な動きが、共和党の伝統的なカラーを剥ぎ取りトランプ色へ塗り替えることであり、全米の上院・下院のほぼ全ての選挙区及び州知事候補を自らの息のかかった候補者で固める方向で候補者調整が行なわれている。

また、自身に批判的な共和党議員の選挙区には刺客の投入を準備している。トランプ氏が標的としているのが、ワイオミング選出のリズ・チェイニー下院議員や、アラスカ選出のムルコスキー上院議員だ。両議員とも強固な地盤と豊富な資金力を持っており、果たしてトランプ氏が放つ刺客が打倒できるのかはかなり微妙だが、どんな実力者に対しても手を緩めない姿勢を見せることで共和党内の統率を図ろうとしているものと思われる。

しかし共和党の現状を見ると、従来の党の伝統を維持する議員はトランプ氏の路線に完全に乗ることはないと思われる。トランプ氏のコアな支持層は従来の共和党が常に距離を保ってきたティーパーティー運動であり、従来型のワシントン政治には批判的な姿勢を貫いている。したがって伝統的な共和党路線を取る議員にとっては、トランプ氏の路線に乗ることは自ら築いてきた支持基盤をかえって毀損してしまうことになるからだ。

トランプ氏も、自らを非難しない限りはそうした伝統的な路線を維持する共和党議員を攻撃しない方針のようだ。しかしこれはある意味で党内での言論封殺が行なわれていることに他ならず、トランプ氏に対してだんまりを決め込むそうした議員達は、将来的に政治的モラルを問われることになるのは間違いない。逆にトランプ氏を非難した共和党議員に対しては、氏は徹底した報復の手を緩めない方針だ。

アメリカの戦後政治においては、大統領選の2年後に行われる中間選挙では、殆どの場合大統領側の党が下院で大幅に議席を落としてきている。例外はともに支持率が60%を超えていたクリントン大統領とブッシュ(子)大統領のケースしかない。仮に現在のバイデン大統領の40%台という低い支持率がこのまま回復しないまま中間選挙に突入した場合、民主党は下院でかなり議席を減らしマジョリティーを割り込む可能性が高いと言える。逆に上院は個々の議員の支持基盤に強く依存するため、中間選挙においては下院に比べると大統領がどちらの党であるかの影響は比較的少ない。

民主党、共和党両党の選挙ストラテジスト達の議論を見ていると、中間選挙に向けた争点は経済に移りつつある。雇用情勢に関しては、最新の統計でもすでに完全雇用に近い数字まで達しており力強い経済回復が裏付けられているので、今後はインフレとサプライチェーン問題の解消がどれだけ顕著に見られるかが焦点となると考えられる。FRBはすでにインフレ沈静化に向けて舵を切っているが、今の非常に強いインフレを短期間で抑え込むことは難しいと考えざるを得ない。したがってバイデン政権を取り巻く状況は、経済に関しても非常に厳しいのが実情だ。

このままの情勢が続き、仮に中間選挙で共和党が大勝し下院のマジョリティーを取った場合は、トランプ氏の支配下にある共和党は民主党との協力を徹底的に拒み、バイデン政権をレームダック状態に追い込もうとする可能性が強く想定される。その場合は、アメリカ国内の分断は更に進行し、国際的にもアメリカの外交安全保障上の力を大きく削ぐことにつながるであろう。

そしてその先に見えてくるのが、次の2024年大統領選挙である。現状では余程のことがない限り、共和党候補としてトランプ氏が再出馬をしてくるのは間違いないと思われる。しかし、大統領選挙は中間選挙とは異なり投票率が大幅に高くなるので、全般的にはマイノリティーや若者からの支持が強い民主党に有利に働く。また、アメリカ経済は現在はインフレの問題が大きくクローズアップされているが、力強い好景気の流れに乗りつつある。大統領選挙の頃には民主党を取り巻く情勢は好転しているだろう。

したがって政治的には、2024年の大統領選挙で民主党が継続してホワイトハウスを制した場合にトランプ氏がどう出るのかを考えておく必要がある。予想されるシナリオは、氏が再度選挙結果を認めない姿勢をとる可能性だろう。その時に共和党関係者が、やはりトランプ氏に忖度をしてだんまりを決め込むのかどうかが、その後の米国政治の行方を左右することになるだろう。その場合に想像されるのは、トランプ氏の支持者が再度暴動行為に出る事態であり、アメリカの分断は南北戦争時以来の深刻な状況に陥る可能性が否定できない。

ただし、南北戦争時と今のアメリカで大きく異なる点がある。それは、経済的に世界を支配する基軸通貨ドルの体制を連邦政府が握り、それを裏付ける安全保障体制が構築されていることだ。したがって、仮にアメリカ国内の分断がさらに進行する事態となっても、南北戦争時のように連邦そのものが物理的に2分するところまで突き進むことに合理性はないといえる。それゆえ、民主党色の強い州と共和党色の強い州が連邦の傘の下に残りながらも、それぞれの州が独立色を強める指向性を持つことをアメリカの国民は選ぶのかもしれない。現在の超保守的な連邦最高裁が、どちらかというと州の裁量権を広く認めて連邦政府の介入を限定する指向を持っているのを見ると、そうした可能性も排除できない。そのように筆者は考えている。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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