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阿房列車に乗りたくて

ネットで内田百聞の阿房列車が話題になっていた。
私もそんな旅をしてみたいと思い財布を覗いてみたけど旅ができるような金はない、ん〜触発されたからには直ぐに行動したいので遠く離れて暮らす兄にペイペイなるもので送金をお願いしてみたが既読になるもうんともすんとも返事はなかった。

仕方がないが触発を行動に変えるべく近所の公園へ散歩でもする事にした。
1人で行くのも寂しいので友人に金の工面をするとともに誘い出そう、家族持ちに連絡するのは億劫だが公園へ酒を飲みに行くくらいの自由はあるだろうと思い連絡した。

日曜日の午後とは忙しいそうで「そんなことならうちの子供を連れて行け!」と言われた。
ビール代はくれるらしい、1人で行くのが寂しくて誘ったのだから子供でも別に構わない
「ビールは何本くらい飲める?」
「うちに来てから話そう」
友は幼子を抱きながら「よくきたな寂しいやつだ」と笑った。
幼子の兄が可哀想にビール代と引き換えに一緒に公園へと行ってくれる事になった。
友は適当に使っていいよと言ってICカードを渡してくれた。
家族持ちはこんなにも暖かいものか、冷えたビールを想像して子供と一緒に公園へと向かうことにした。
さて、何で行こうか、タクシーで行って支払った後に残高がなくなってしまっては元も子もない、足代をもらいに行ったわけではない、夏の終わりに旅は出来なくても散歩をして酒が飲みたい、子供がいることも勿論重要だしカードも必要だった。
子は黙って付いてきてくれる、仕方ないから「歩いて行くか?」と話すと小さく頷いた
子の靴はボロボロでこれをそのままにしている友は相当忙しいらしい、私なんかに預けて酒代まで工面してくれたのだ、つまらない事を考えるのはやめよう

公園へまっすぐに行くつもりだったが残暑の午後だがまるで真夏の日差し、今すぐにでも何か飲みたいので見えたコンビニへ入ろう、子は黙って付いてはくるが狭い歩道を右へ左へうろうろと歩き時々嬉しそうに笑っている、コンビニに入るとエアコンの心地よさに一気に機嫌が良くなりビールへまっしぐら、最近は色々な種類のビールがあるのだな。
金もなければ人情もない?直ぐに子のことを忘れられる始末、子守が引き換えということまで忘れかけていた、こんなにも早く見失うものか、コンビニの棚と棚の間が長く感じる、子はアイスを見ていた。
「アイス!アイス!」と言ってくる、仕方がない、まずは子のアイスを買ってあげよう、すでに決まっていたようで直ぐに取り出してレジへまっしぐらだ、もたもたしている私からカードを取りレジの画面をタッチ、慣れた手つきで会計を済ませてくれた。

カードはいらないという様子で私に戻し、急ぐようにコンビニの出口へ、扉を開ける時にはアイスも袋から出ていた。

一緒に外へ出て子がアイスを食べているのを見ていると食べ終わるのを待ってまた店内へ戻ってビールを買いに行くのが面倒だ、そもそも中へ一緒に来てくれと言うのが嫌だ、仕方ないので公園まで我慢する事にした。

日差しが強く子が持っているアイスは溶けてくるが、嬉しそうに頬張るので暑さも忘れることができた。

日曜日の歩道はランニングをする、子供を自転車に乗せて急いでいる、散歩をする、などとにかく人が多く子は何度かすれ違う人とぶつかりそうになる、こんなにも子のタイミングと人々のタイミングが違うものか、自転車に乗った者がすれ違いざまに舌打ちをした、子は気がついていない、颯爽と去っていく後ろ姿を見て「うんこした時に手に付けてしまえ」と呪いをかけておいた。

子は持っていたアイスの棒をくるりと投げ、棒は一回転して路上に落ちた、その棒を拾い上げると今度は手の甲に一定のリズムでぶつけて遊んでいる、ニコニコ顔を見ると腹を立てても仕方ない気持ちになったし、奴の手にはうんこが付くのだからよしとした。

公園は入ってすぐが広場になっていて噴水もあり涼しげだ、向こうにある売店はさほど混んではいないようだ。
木陰も多く広々とした場所はビール日和にピッタリだった。

売店の貼り紙には「キリン」「アサヒ」「ハートランド」と書いてある、前を並ぶ人が「生」とも言っている、なんだか嬉しい・・・。

いかんそうだまた子を見失った。

辺りを見渡すと子は噴水の水を手ですくって眺めている、蓋に座り手で水を持ち上げては落としている。
子は大丈夫そうだ問題ない、なんなら全てのビールを飲んでしまおうか、こんなにも高揚するつもりはなかったのだが、夕陽が後押ししているようだった。
「ちょっと!」
私に向けられている言葉なのかわからないくらい身に覚えのない声質だった。
「あれ!危ないですよ!」
指をさす方には子が噴水の中に入って遊んでいる。
「あれ」が何を指しているのか、子を「あれ」と言っているのか、噴水の中に入っていることなのか、なんとも歯切れの悪い物言いでこちらが何かを察しなければならない言い方だった。その人は私が大丈夫と判断したのを知らないで言ってきたのも不思議だった。

私はビールを買うのをやめて子の方へ向かった。
噴水の水が飛び散り輝いていて綺麗だ
服はずぶ濡れだが気持ちよさそうにしていて、決して「あれ」と怪訝そうに言われるようなものでもないし危ないとも思わなかった。
とは言えしばらく様子を見るのも可哀想に思え、手を差し出してみると素直に応じて外へと出てくれた。

売店へ振り返ると先ほどの「あれ」がこちらを見ている。これ以上にビールのことを忘れさせてくれる存在に出会ったことがない、今後は「あれ」を思い出すだけで酒が進みそうだ。ついでにうんこが手に付くように呪っておいた。

ずぶ濡れのままでも公園と残暑と夕日はそこまで可笑しな光景ではなく、むしろ自然な気にさえしてくれ、つまらない者で溢れている事に嫌気がさした。

木漏れ日で一杯やるつもりが邪魔が入り、世間を再確認させられてしまった。
しばらく歩くと子が「アイス!アイス!」とまた言っている。
さっきと同じコンビニへ私の手を引いて入る、同じアイスを同じ方法で買いやはり店を出る時には袋は開いていた。
今度は手を引いてくれたから見失うことはなかった。
私は子がアイスを食べるのを見るのが好きだとわかった。
あっという間に食べてしまった。
ポケットから濡れたアイスの棒を出し、新しいアイスの棒と一緒に手の甲へ一定のリズムを当てて笑っている、もう少し散歩がしたい、2人で夜になる前の夕日を歩く、旅にも行かれず酒も飲めなかったが果たして阿房列車には乗れたのか?
考えても仕方がない友にビールを買って帰ろう、そう思っていたら子がお漏らしをした。あれだけアイスを急に食べたのだからお腹を冷やしたのだろう。

どうやら手に何かが付くのは私らしい。




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